恰幅の良い彼のblog
スポンサーリンク
スポンサーリンク

そして誰もいなくなった・・・ 【10周年⑦】

記事はテーマを絞って書くのがセオリーと聞きます。

確かに情報を検索する側にとってみれば、
飲食店レポ、それも特定の狭いエリアに特化した方が使いやすいでしょう。

しかし、私の場合は、
いい歳こいて、日常の徒然を聞いてくれる連れ合いもおらず・・・

食を釣餌にして、イベントやエンタメの感想等、
ちょっと聞いてよ的なネタを雑多に詰め込んで、
皆さんに読んでもらいました。

今、思えば、逆にこれが良かったのかもね。

長期で訪れてくれるような方は特にですが、
ここに純粋な情報だけを求めているわけではないみたい。

きっと、記事の裏に浮かぶ書き手の姿もひっくるめて、
ブログの魅力となっているのでしょう。

もちろん基本的には匿名だし、赤の他人でもあるわけですが、
同じ話をするにしても、体温を感じられる言には重みが出ますもんね。

雑話の中では、特に日常や家族のアホ話が好評だったようで、
今でもたまに要望を受けることがあります。

でも、ローカルな話題を好き放題に書いている関係もあって、
あまりネタにし過ぎると実生活に影響が出ちゃうのが困りものです。

さもしい身の上を哀れんでか、、
自宅に贈り物まで届くようになっちゃったので、
さすがに恐縮して、ある程度の距離感を保てるよう自戒しました。


ブロガーにモチベーションの源泉を尋ねると、
多くの人は反響の嬉しさを挙げるのではないでしょうか?

前回も書きましたが、
これだ!という評価軸が存在しないため、、
直接寄せられる細かなフィードバックを燃料にしながら、
頑張って更新を続けるのです。

ブロガーを喜ばすのは、とても簡単なことです。

日に何百と声が届く芸能人は別かもしれませんが、
うかつに声掛けしづらいような高名ブロガーですら、
皆さんからの声をとても楽しみにしていると思います。

当初の感動がとうに擦り切れた私でさえ、
コメント欄に届く1通にすごく元気づけられていますよ。

実生活ではまず接点のない様々な方と交流もありました。
その中で喜んだり、へぇと感心したり、エッヘンと思ったり。

私が知り得ない多くの情報もいただき、
サイトにとって欠くことのできない財産にもなっています。

普段、喧嘩上等で、キツイことも書いてる割に、
クレーム案件が殆どなかったことも助かりました。

まぁ、炎上する知名度に育てられたわけでもなく、
歯牙にも欠けられなかったというのが実情かもしれませんが。

でも、コミニティの管理や盛り上げは難しいですよね。
自分でもこの能力は乏しいなぁと思っています。

受信が多くなるほど、対応には時間を食いますし、
これがマナーやルールのようになってしまうと、もう息苦しい。

また、一言二言の書き込みだけでは、
相手を想像することが難しく、型通りの返答か、
聞かれてもない自分語りで隙間を埋めるやっつけもしばしです。

実際問題、よほど特徴的なHMでもなければ覚えていられないし!

「お久しぶりです」とか言われる度に、
こっそりコメント検索かけちゃう!この機能があって本当に助かったよ!

自分宛てのコメントをただ読むだけなら、最高なんですけどね。

うれしいし、大事にしたい反面、
対応は当初よりも腰引け気味に落ち着いた感じです。


食ブロガーとの交流も良い刺激になりましたね。

ブロガー同士の”慣れ合い”は外から見るとロクでもないものですが、
そういうものが生まれる必然性があるのだと思います。

我々の記事は広く一般に向けて書かれるものですが、
決まったURLに居を構える相手というのは、
カウンターの数字や、きまぐれ出現のコメンテーターよりも、
読み手として、確かな輪郭を感じられたのでしょう。

趣味志向や生活環境を共有している場合は、
情報ソースとしても貴重な存在ですし、
記事を通じて、相手方の多くの情報を得ているため、
より身近に感じて、距離を縮めやすいのだと思います。

不特定多数に向けた発信が、
次第に特定の仲間に向けたものに変わっていく過程ですが、
やはり、これも反響が嬉しいということに起因するのだと思います。

私はオフ不参加のルールを続けていますが、
途中、幾度も挫けかけたほど、宴会なんかも楽しそうでしたね。

同好の士として、発信者として、集団で動くことができれば、
さらに色々面白くなりそうだなぁという手応えもありましたが、
まぁ、それも昔の話になりました。

しかし、リアルな交友に発展した後って
その関係は維持されるものなのかしら?
年齢や職業などの多様性を乗り越えていけてるのかは、
皆のオフレポがあんまり長続きしないので謎に終わっています。


今回は外部との交流について書いてみましたが、

開設当初から繁くコメントしてくれたあの人もこの人も、
ほんの、ほんの一握りを残して、みんな去って行きました。

この寂しさたるや!

また、共に切磋琢磨していた横浜食ブロガーもほとんどが消えました。
更新が止まった後に、彼らはいったいどこに行ってしまったのか。

この寂しさたるや!

近年は老日本兵のような虚無感に苛まれつつ運営をしておりますよ。
遥か南海に向かって一人敬礼したい気持ちで。

これって、うちだけなのか?
他のブログでも起こっていることなのか?
とにかく、関係が単純に累積していかないという哀しみです。

まぁ、読む方も書く方もそれなりに時間を食いますし、
生活環境の変化に耐えられない場合も多いでしょう。

自身が閲覧サイトを最後まで看取っているかというとそんなこともなく、
平気で切るし、それ以前にコメントすらしていない場合がほとんどです。

それでも、どの記事が気に触ったのだろうとか、
この運営方針で良かったのかとか、考えてしまうこともしばし。

んでもって、悪いところがあまりに多すぎて、
特定できないというオチになります。

実生活で出会った人と関係が続いているかというと、
こちらも不義理しまくりでヤバイのですが、深刻には気にならないし、
それはどっちも努力しなかった相互作用の結果です。

考えてみれば、発信というは暗闇に向かっての一方通行が続くから、
無情感や虚しさみたいなのものを、より感じてしまうのかもしれませんね。

乞コメントということで、宜しく!

目標を見失って・・・ 【10周年⑥】

誰もが何らかの目的や意図をもって、発信を始めます。

例えば、私の場合は、中華街等のロクでもない店に行列して、
苦い顔しながら帰ってい人々心苦しく思って、
地元視点でのお店紹介を始めた次第。

各々語るネタに関しても、ある程度のストックはあるはずです。

しかし、そんなものはあっという間に尽きてしまうのが常。
ブロガーとしては、むしろそこからが本番なのかと思います。

引出しがからっけつになった後に、いかにネタを補充して、
記事を生み出し続けることができるのかが問われるのです。


そうした流れの中で、
サイトは当初の想定を越え、変化拡大していきます。

その先で発信者として何を目指すのか。

多くが途中で息切れるのは、
新たな目標を上書きできないからなのかもしれません。

もちろん、誰もがより良い物にしたいなぁと思うわけですが、
では、良いブログ、良いブロガーとは何なのか?
何を指標に判断すればいいのでしょうか?


サイトの評価材料として、まず語られるのが閲覧数。
価値ある記事には多くの人がアクセスするという基本です。

皆、自分の話を読んでもらいたくて発信しているわけですから、
ネットを通じて、知られた存在になりたいという願望は、
ブロガーの全てが抱いていると思います。

ただ、自ブログへつながる誘導路が限られている以上、
これはひとえに検索エンジンの神様の気分次第といえますし、
そこにはSEOのようなテクニックも絡んできますね。

トヨタのサイトはサイトとしての内容が素晴らしいのでしょうか?
それとも扱う製品の価値なのでしょうか?

新興口コミサイトが規模でもって検索上位に評価されても、
大量生成されたページには、投稿が一つも掲載されてなかったりしますよね。

渾身のローカル店レポの需要はせいぜいご近所どまりですが、
コンビニ菓子を軽く食ってみる記事には全国区のアクセスが見込めたり。

TV特集の後に該当店舗の記事が爆上げするようなこともありますが、
それは上手く書けたからでは無く、単なるタイミングだよね。

有名人と絡んで、飛ばしてもらったリンクで集めたアクセスは、
そのサイトの発信に対する評価といえるのでしょうか?

ポチッとするランキングの中を
ぐるぐる回わされる人の流れが加算されても、
本当の読者の数は変わらないような気がするんだよなぁ。

もちろん技術やロジックは日々進化しており、
将来的には様々な理不尽が是正されていくと思います。

でも、現状、カウンターの数字が、
サイトの質や実体を必ずしも反映していないことも確かなのです。


では、質や価値とはなんなのかと考えると非常に困りますよね。

それは普遍的なものでなく、
読者や場面を限定して発現する場合が多いからです。

例えば私が大好きなブログが、
他の皆さんにも大人気かというとそうでもないんだよね。
この質ならば、もっともっとアクセスされてもいいのになって思うことも多いのですが、きっと高低の縦軸で単純に格付けできるものではないのでしょう。

たまたま私の構えるミットのど真ん中に放り込んできたものが、
他の人にとっては、暴投だったりすることもあるわけです。

”ブロガー”として括ると何か大きな存在に思えます。
でも、実際は、必ずしも広くは訴えない小さな価値感が、
大量に集まったものなんじゃないかと考えます。

それぞれの影響範囲は狭く、
その狭さゆえ、身近な存在としての親近感や
多少のウィンザー効果が見込めるのだと思います。

そういう範囲の外側から、
ブログの価値を評価するのは困難です。

同じく食を扱っていても、
例えば、島根のローカルブロガーの優劣を評価できないもん。

過去に横浜最強リンクを構想したこともあるのですが、
そんな範囲のセレクションですら、ままならずに何度も挫折しています。


がんばりや成果を正しく評価すべきである。

つか、ぶっちゃけ自分が正しく評価されたい!というこの気持ちは、
なにもブログに限った話ではなく、日常のあらゆる場面に現れます。

しかし、その願望が満たされることって、そうそうありませんよね。
評価というのは一番難しく、求めても与えられない課題なのかもしれません。

外部に公正を求めることが出来ない以上、
最終的には、自分の心の中に戻ってきてしまいますね。

書き手として、また読み手の一人として、
私自身の価値観やプライドに基づいた自己満足が、
ブログ運営の唯一の拠り所となるわけです。

これは折れやすく頼りないものです。

やっぱプロにはかないません 【10周年⑤】

元々活字を読むのが好きだったこともあって、
業界へのリスペクトがありました。

でも、一方で不満も感じてたのです。
情報誌を開いて、なんでこんなショボい店しか載ってないのかと。

観光地や繁華街であっても
取材対象は手垢つきの定番にとどまり、
ガイドブック等は何年も内容が変わらない状況でしたよね。

お前ら、ちゃんと仕事しろよなと!

イケイケの頃は「いまさらこのネタの後追いかよ、フフフん」ってな感じで、
商業誌に先行していると感じていたブロガーも多かったんじゃないかな。

しがらみに縛られない正直な感想を書けること。
商業ベースに乗らないニッチな対象もケアできること。
紙面のスペースを気にせず、必要な情報を詰め込めること。
365日、24時間、好きなタイミングでリリースできるスピード感。
その他、”好き”に由来する、割にあわない熱意や
発信者の裾野の広さを活かしたフットワーク等が、
ブロガーの利点と言われ、その価値が喧伝されました。

確かにこれらの要素が上手く機能すれば、
既存のメディアの価値を上回ることは確実です。

しかし、ブームがしぼんだ今、改めて見まわしてみると、
そういう理想的なブログがいくつあったのでしょうか。
ほとんどがゴミのまま消えたように思えます。


一方でプロの刊行物の安定感ですよ。
10年続けてみて、やっぱり敵わないなという身の程を噛み締めています。

私もちょこっとだけ舞台裏に触れましたが、
実際のところは、筆力や企画構成力はもとより、
情報のアンテナもこちらよりよほど優れていました。

良店が載らない”大人の事情”というのも、
金を出した店しか宣伝しないようなゲスではなく、
これ以上混むと困るから等という理由で、
先方に取材拒否されている場合が多いみたいですね。

知らなかったのではなく、載せられなかったのです。

もちろん、一部のTVにはダメ対応も目立ちましたし、
会社や人にもよるとは思いますが、
現場では我々趣味の輩と比較にならぬほど、
しっかり努力されているのだなという印象です。


プロが仕事として書くことは、
確かにいろいろな縛りも生みますが、
同時に責任やクオリティの確たる裏付けにもなります。

ここはものすごく大事なポイントで、
市井からの発信が、どうしてもハンパに終わってしまうのは、
やはり、まともにマネタイズされなかったからなのでしょう。

もちろん、Google様のAdSenseにより、
細かな露出に小金が生まれる素晴らしい仕組みはできています。

しかし、労力に相応する単価かというとそれは程遠く、
それも上がるのではなく、下がっている様子。

最近はブログ記事の外注も公募されていますが、
1記事まとめて100円とかのブラックな水準に驚きます。

ネットではタダ読みが基本ですし、
思ったほどお金が生まれる市場では無いのかも知れません。

もちろん、我々は好きでやっていることではありますが、
余暇時間という限られたリソースを配分する中で、
更新作業にどれほどの優先度を割り振れるのか。

ことが気軽のレベルを越え、労力が楽しみを上回り始めたあたり。
単なる手慰みを越えた価値を発揮できるようになるほんの少し前の段階で、
その先が続かなくなってしまうのは、実にもったいないことですね。

ここで背を押し、先を引っ張る何かがあれば、
読み応えのある、そして、ちゃんと更新されるブログが、
もっとたくさん生まれていたのかもしれません。


執筆環境の他に、素人とプロを分けるポイントは
取材対象に話を聞くか否かという部分だと思います。

自らの印象だけを元にした食レポを何千も書いていると、
どれもこれも似たような内容になって、さすがにウンザリしますね。

感受性や表現力、創作力のどんづまりがあっという間に見えますから、
なるほど、作家さんはスペシャルなんだなと思い知ります

一方でプロの書く記事は、食材のこだわり、調理の工夫、
店主の経歴や開店の経緯等、先方発の情報で埋められることが多いです。

これだって文章のパターンはいくつもありませんが、
それでもお店ごとに異なるネタがあるので、物書きには困りませんね。

読み手にとっては、普通に食事するだけでは得られない情報の価値。
メディアの権威を背景に、そうしたネタを引き出せる点はやはり有利です。

もっとも我々が雑談で聞けない話でもないので、特権ではないですね。

例えばラーメンブロガーなどは、
こうした厨房の奥とのコミニケーションを密にして、
他の食分野よりも一歩進んだ発信の文化ができていると感じます。


逆に記者の個を立てたコラムでもなければ、
プロの記事に”私”視点が入ることはめったにありません。

もちろん編集の段階である程度の意図は乗りますが、
きっと公正を期する距離感があるのでしょう。

でもさ、記者会見などを元にした記事って、
結局、各社ほぼ横並びになるじゃない。

100人のブロガーが100通りの個性を出すには、
プロのような”公”のスタイルではなく、
”私”を中心に据えるしか無いんだと思うのよ。

この期に及んで、ブログで勝負したい人は、まずしっかり顔を晒して、
言ったもん勝ちの肩書などを猛アピールしちゃって下さい。

きっと、分かりやすいポジションやキャラクター勝負になると思うのです。

文章で個性を出すのは相当難しく、
それが普通にできるのならばむしろ作家を目指した方が良いでしょう。

それに案外、記事内容は精査されませんからね。
このカテゴリーに該当する記事はありません。