恰幅の良い彼のblog
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「横浜学 ~横浜と学校~」の感想

関東学院大学と横浜ウォーカーのコラボ講座「横浜学」

第19回目のテーマは”学校”です。

あれ?

第18回「横浜と芸術」のレポがないけど、どうしたのかな??
まさか日付を間違えて、まんまと寝坊しちゃったのかな???

そんな時は、こちらへどうぞ
横浜学に興味があったけど、聴きにいけなかった方にも朗報です。
なんと関学様が全講演のアーカイブを配信してくれてたのですね!

晴れて皆勤も途切れたことだし、これでかったるい日はサボれるぜ!

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一人目の講師は立教大学の教授。
横浜市史の教育分野を編纂をした縁で呼ばれたみたい。

お話は戦前の横浜の教育史について。

地域の教育史は土地の歴史、学校の歴史、人物の歴史が相まって形作られる。

戦前日本の教育体系は進路によって進む学校が別れる複線型で、即就職、高等小学校から就職、旧制中学から高校や大学へ進むエリートと、尋常小学校を卒業した12歳の時点で、その後の人生が決まった。

各種学校の配置も、一律でなく地域特性に合わせて行われた。

貿易港であった横浜では、1882年に横浜貿易商組合横浜商法学校として設立されたY高の存在が、なんといっても大きい。

一方で、旧制中学の設置は遅れ、神奈川県尋常中学校→第一横浜中(希望が丘)が1897年、第二横浜中(翠嵐)が1914年、横浜三中(緑丘)が1923年と続く。これは県議会が予算がつけなかったためらしく、結局、帝大も旧制高校は置かれなかった。横浜では商業や工業のような実業教育を行い、高等教育は東京に行けよという施策だった。

高等女学校の設置は男子よりさらに遅れ1901年に県立第一高等女学校(平沼)。
横浜ではすでにミッションスクールが台頭しており、男子向けであった戦前教育の中で、英語を中心とした女子教育を先行していた影響も大きい。

また1926年にはY高の女子版として程谷町立実科高等女学校が設立。ここでは進学、家事、商業の3つの進路を見据えて、5年間学んだ。

教育者としては、誠の精神、心身の育成をモットーとしたY校初代校長の美澤進。試験、採点、賞罰の三無主義を掲げた横浜高等工業学校初代校長の鈴木達治。「信頼される人となれ」とジェントルマンを育てた横浜高等商業学校初代校長の田尻常雄などが挙げられる。

その後、横浜では教育熱が高まり、県立工業高校の入試倍率が5倍、Y高が2倍等と試験地獄を巻き起こすことに。沈静化のため、補習などの準備教育も禁止された。

講師はデキる感じの方で、お話もアカデミックに整理されていて面白かった。ただ、あの短時間では情報量が多く、ちょい盛り込みすぎたかな。

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2人目は関学女子短大の元学長、捜真の元理事長で、お話はミッションスクールの歴史。

横浜にはミッションスクールく、フェリス、英和、共立、雙葉等、プロテスタント系が8つ、カトリックが4つあった。他の都市では他所へ変遷する学校もあるが、横浜では今も創立の地に残る学校が多い。

フェリスはヘボン婦人が自邸で教えたヘボン塾が源流。
ヘボンと行動をともにした宣教師ブラウンの導きにより、その後、来日したアメリカ人宣教師メアリー・キダーが、塾から女子3人、男子5人を引き継いで設立した。

またブラウンの妻シャーロッテは、後に捜真となる英和女学校を開設。

各学校は異なる教派によって、布教の意味も含んで設立されている。
ただ、西洋一辺倒ではなく、教養ある日本女性を育てる観点で教育された。

重視されたのは、英語、数学、音楽、洋裁。
ただ主人に従うだけでなく、神のもとに自立して、他者に支える精神。

その他、各スクール創立者の紹介や住所、当時の写真などをサラリとなぞった程度で、あんまり踏み込んだお話は無かったかな。


3人目は横浜市教育委員会の方。お話は市立高校の取り組みについて。

現在、横浜には市立の小学校341校、中学が146校、高校が9校、一貫教育校1校、特別支援校が12校あり、生徒271600人、教員16000人が在籍している。

市立学校の強みは、近隣に多く存在する大学などとの連携や市内のネットワークを活用できる点で、港町らしく国際的な人材交流も盛ん。

市立高校では、目下次世代を担うグローバル人材を育成すべく、ヨコハマグローバルラーニングという共通プログラムを行っている。

ディベートやプレゼン大会などを通して、自国文化の理解、異文化への理解、グローバルな視野、自ら課題を探求する力、論理的な思考と表現力、語学力を学ぶもの。

また各学年20人ずつを選抜して、土曜や夏期に海外進学を見据えた支援を行うATOPという仕組みもある。

その後、パンフを読みながら各市立高校の紹介を受けたのだけど、これが思ってた以上に興味深い内容だったのよ。各校、ちゃんとキャラが立っていて、コースや教育内容についてもバラエティ豊か。お子さんのいる方はよく調べてみるといいんじゃないかな。

私が中学受験した時の基準は偏差値しか無かったのだけど、特性や進路、教育内容などを吟味して、自分にあった学校を選ぶことが出来そうで、うやましいな。

というか、人生、もう一度やり直したいよ!

「いずも」の一般公開に行ってきたよ

横須賀で行われる「YYのりものフェスタ」

様々な乗り物を集めたチビッコ垂涎のお祭りなのですが、なにせここは東海鎮守の土地。パトカーなんかで騒いでもらっちゃ、困るってもんよ!

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ということで、会場の一つである海上自衛隊の横須賀基地にも寄ってきました。

お目当てはもちろん「いずも」の一般公開。

ヘリコプター搭載型の護衛艦で、昨年3月に就役したばかりの最新鋭艦であります。

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ちなみに夏に行われるサマーフェスタでもいろんな艦船が一般開放されますが、お隣の米軍基地祭も絡んで、近年は超絶に混みあうので、このタイミングの訪問もおすすめです。

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デカい!
 
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やっぱデカい!

男子というのは、大きなものを前にすると無条件で胸が熱くなってしまう傾向がありますな。

以前、お隣で「ジョージ・ワシントン」を見た時はマクロスかよ!とたまげましたが、こちらもプロメテウスくらいの立派なスケールを感じます。
 
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公開2日目のお昼すぎってことで、特に行列もなく、スムーズに見学できました。

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内部もとにかく広いですよ!

搭載能力は73式大型トラックがなんと50台!
ヘリコプターは最大14機も積めるんだって書いてあります。 

船というより、どこぞの工場か、物流倉庫かって感じ。

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32tだかを持ち上げるエレベーターで見学者をごっそり甲板へ運びますよ。

このエレベーターがまたなんとも言えず、男子の心をくすぐるのですよ!
日本の胸熱エレベータ10選に入るのは間違いないと思う!隣のモサいおっさんとかもね、せり上がりの際はなぜかキリッとした目つきになっとるし!

気持、すごく分かる!
発進シークエンスって、たまらんな!円谷さん!

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3本づつのワイヤーで四方が釣られている他になんか昇降のための機構があるのかな?

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甲板に到着!

スペースみちみちにお客さんを乗せてきましたが、私クラスのデブが300人乗っても余裕のエレベーターです。

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いやーーーー広いですね!

「ひゅうが」の時は空母と言うにはだいぶコンパクトに感じましたが、いずも型はこんなに立派なサイズになったんだということが改めて分かります。全長が1.25倍、ヘリの発着スポットも4つから5つに増えていますが、体感的な拡張度合いはそれ以上だな。

こりゃ、ヘリだけでなく、航空機もイケるんじゃないかと思ったり。 

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艦橋を後ろから。カッコいい。

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甲板から港の風景を一望。このすばらしき見晴らしよ。

某艦これのおかげで、非常に親しみを感じる艦名がならんでいます。
この際、海自版艦これも作っちゃえばいいのに!それぞれにマスコットキャラが付いたら人気がエグいことになるで!

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兵装はこのSeaRAMとファランクスがそれぞれ2機づつで、単艦の防衛能力は低いようです。

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奈落の底を眺める図。

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何やら外に人だかりができていますね・・・

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SH60Jかな?「いずも」に搭載されている哨戒ヘリコプターでしょう。

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艦尾はこんな感じ。
  
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岸壁のテントではグッズやおみやげ品、海軍カレーなどの軽食を販売中です。 

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先ほどの人だかりは「ハイスクールフリート」のトークショーでした!

空母を会場にしたアニメイベントって!ヤックデカルチャー!
ヲタク共を不思議な声の力で鎮圧している様にしか見えません!

そして、誰が来ているのかわからない!顔も見えない!
はいふりよ!開始当初のワクワクを返せ!!と心で叫びつつ、お腹もすいたのでソッコー帰ってきてしまいました。

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今、書いてて気がついたのですが、これが第2のエレベーターだったんだね!

こちらは米空母っぽいデッキサイド式で、荷物が外にはみ出てもいい作りのため、艦載機運用の幅が広がりそうですね。

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熊本地震でも活躍したという「いずも」

きな臭い南方情勢も含め、活躍する機会が少ない方が幸せという宿命の船ですが、万一の備えとして、これからも頑張って欲しいなと思います。

ちなみに来年竣工の2番艦は加賀さんだということで、さすがに気分が高揚します。

「横浜学 ~横浜と鉄道~」の感想

関東学院大学と横浜ウォーカーのコラボ講座「横浜学」

第17回目のテーマは”鉄道”です。

当日はすんごく天気が悪くってさ。
こりゃ初のバックレだな、家で海外ドラマ三昧だな!と思っていたら、
昼頃から雨もあがってきたので、チッ仕方ないぜ・・・

いざ会場についてみるとビックリな超満員!
いつもなら先生が身内の学生を引っ張ってきて、
席を埋めてるくるような回も決して珍しくないのに!

やはり”鉄道”というテーマの魔性なんでしょうか?
ハマの鉄ちゃんが集まってしまったのでしょうか??

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一人目の講師は関学の小林名誉教授。
もう何回か登壇されていますが、好きな先生ですね。
横浜駅と横浜線のお話でした。

明治5年に完成する初代横浜駅は今の桜木町駅のあたり。

日本で初めて運行された東京-横浜間の鉄道は、
築地-関内の居留地同士を結ぶもので、
これに伴いメインゲートも吉田橋から弁天橋に変わりました。

当時、高島町と神奈川宿の間には入江がありましたが、
これを距離1400m幅65mの帯状に埋め立て、鉄道は幅9mを使いました。
この工事を請け負ったのが高島嘉右衛門です。

汽車はイギリスから輸送したものを使い、
敷設は鉄道の恩人と呼ばれるエドモンド・モレルの指導。
駅舎の設計はアメリカ人のR・P・ブリジェンス。
ダイヤ作成はW・F・ページ等、お雇い外国人が活躍しました。

二代目横浜駅は今の高島町のあたり。
東海道線との接続により、スイッチバックをして運行していた
初代の位置では使い勝手が悪くなったためです。

当時、東西を結ぶ鉄道に関しては、
中山道を通す計画が先行していたのですが、
難所が多く、結局、東海道線の整備に回帰していったようです。

関東大震災の崩壊した二代目に代わって作られたのが
三代目となる今の横浜駅です。

駅の位置は更に北に移され、
保土ヶ谷と東京をストレートにつなげるよう修正されました。

かつての横浜港はシルクの輸出で栄えていました。

甲信地方からの絹が集まる八王子と横浜をつなぐ横浜線は、
地元経済界の悲願でありましたが、難航したようです。

明治41年の開通となりましたが、
同17年の高崎線、22年の両毛線等、
すでに東京経由の流通路線が先行していたため、
絹の道としてはあまり稼働しなかったようです。

ちなみに京急線の仲木戸は、
横浜線を通すために高架に上げられたようです。
私鉄のほうが立場が弱かったということらしいです。

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二人目の講師は横浜市交通局の高速鉄道本部長。
市営地下鉄のお話でした。

大正10年、経営が傾いた民間の路面電車を買い取り、
市電の運行が開始されます。もう少しで市営交通100週年だとか。

しかし、開業1年目にして、関東大震災で全てを失う不運。

戦後、自家用車の急速な普及に伴い、
道に車が溢れ、市電の運行も困難になっていため、
地下鉄敷設の計画が動き始めます。

昭和47年の市電廃止と同じくして、市営地下鉄の開業。

もっとも、市電の代替機能は主にバスが担い、
地下鉄は都市機能拡充のため、より戦略的な役割をもっていました。

当時の路線は全て横浜駅を起点に放射状に広がるものでしたが、
これらをバイパスしたり、開発途上のニュータウンを結んだり。
上大岡や戸塚、新横浜、港北など、新しい中核都市の根幹ともなりました。

車両は標準軌、三本レールを採用。
パンタグラムをなくして、低車高で運用可能です。

グリーンラインでは鉄輪式リニアモーターを採用。
車両はさらに低くコンパクトな作りになっています。

赤字が続いていた経営に関しては
ここ5年ほど黒字が続いている状況。
港北エリアの人口増や、低金利などが要因だそうです。

郊外と都心部の一体化を目指して導入した快速は、
定期外利用客が3%増、新横浜-横浜や戸塚-関内などの利用者増等、
それなりに効果をあげているようです。

今後も快速運行は増やしていきたいけど、
予算不足で追い越し路線を整備できなかったのが悔やまれるとのこと。

今後の展望としては、
目下、事業中の西谷とJR、東急日吉を結ぶ神奈川東部方面線。
検討中の新百合ヶ丘への市営地下鉄延伸や、
横浜環状鉄道、貨物支線の貨客化が挙がっていました。

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三人目は神奈川臨海鉄道の常務。
貨物鉄道の今というお話です。

鉄道貨物はJR貨物が中心で、
JRの路線と港を繋ぐ独自路線、
更にそこから工場敷地へ引き込む企業専用線があります。

神奈川臨海鉄道は川崎から川崎港、
根岸から本牧ふ頭へつなぐ16.3kmを保有。
こうした会社は全国に10社あります。

輸送方法は大きく2つに別れ、
一つは石油やセメント、石炭、石灰を専用貨車ごと借りきって運ぶ、車扱。
これには車両そのものの輸送も含まれ、かつての主流でしたが、
現在はほぼ石油のみに限られ、コンテナ輸送にその役割を譲っています。

貨車に相乗りできるコンテナ輸送は、
少量多頻度の輸送に優れ、海上輸送とのアクセスもスムーズです。

1つの貨車に5本積める12f、2本?積める20f、1本の40fと
大型になると効率は悪くなるようです。

現在、世界では45fの大型コンテナも増えていますが、
トンネルに入れないとか、大口が埋まらないとかの理由で、
日本では逆に小口化しているみたいです。

鉄道貨物の国内輸送シェアは
最盛期であった1950年に26.9%であったのが、
2014年では0.9%まで落ち込んでおり、
その殆どがトラック輸送に吸収されています。

しかし、荷物量に距離をかける指標では1/10程度の落ち込みで、
500kmを越えるような遠距離に大量の荷物を送るような用途では、
鉄道輸送のメリットも活かされているようです。

もっとも、横浜港の扱いコンテナは、
7、8割が南関東への荷物で、ほとんどが短距離。
東北などへの遠距離荷物をいかに逃さないかが課題です。

ただ、トラック輸送もドライバーの減少が問題となっており、
2020年には10万人の不足が予想されています。

排出ガスもトラックの1/9というエコ要素もあり、
鉄道輸送にも可能性は残っているとのことでした。

また、鉄道輸送のデメリットの一つに、
貨物駅等での積み替えに手間取ることもあるのですが、
この辺も編成の工夫などでなるべくせずに済むよう工夫しています。

また、面白い用途としては、川崎北部からの廃棄物の輸送。
このノウハウでもって被災地からの瓦礫も運んでいたようです。

また、根岸→新潟→青森→盛岡という大回りで石油を運んだり、
震災支援でも活躍したというお話でした。

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定番のヨコハマ事始めから、
めったに聞けない貨物のお話まで、
なかなか面白い内容だったと思います。

バックレないでよかったわ。

なお、次回のテーマは”演劇”だそうですよ。
このカテゴリーに該当する記事はありません。