「横浜学 ~横浜と鉄道~」の感想 - 恰幅の良い彼のblog
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「横浜学 ~横浜と鉄道~」の感想

関東学院大学と横浜ウォーカーのコラボ講座「横浜学」

第17回目のテーマは”鉄道”です。

当日はすんごく天気が悪くってさ。
こりゃ初のバックレだな、家で海外ドラマ三昧だな!と思っていたら、
昼頃から雨もあがってきたので、チッ仕方ないぜ・・・

いざ会場についてみるとビックリな超満員!
いつもなら先生が身内の学生を引っ張ってきて、
席を埋めてるくるような回も決して珍しくないのに!

やはり”鉄道”というテーマの魔性なんでしょうか?
ハマの鉄ちゃんが集まってしまったのでしょうか??

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一人目の講師は関学の小林名誉教授。
もう何回か登壇されていますが、好きな先生ですね。
横浜駅と横浜線のお話でした。

明治5年に完成する初代横浜駅は今の桜木町駅のあたり。

日本で初めて運行された東京-横浜間の鉄道は、
築地-関内の居留地同士を結ぶもので、
これに伴いメインゲートも吉田橋から弁天橋に変わりました。

当時、高島町と神奈川宿の間には入江がありましたが、
これを距離1400m幅65mの帯状に埋め立て、鉄道は幅9mを使いました。
この工事を請け負ったのが高島嘉右衛門です。

汽車はイギリスから輸送したものを使い、
敷設は鉄道の恩人と呼ばれるエドモンド・モレルの指導。
駅舎の設計はアメリカ人のR・P・ブリジェンス。
ダイヤ作成はW・F・ページ等、お雇い外国人が活躍しました。

二代目横浜駅は今の高島町のあたり。
東海道線との接続により、スイッチバックをして運行していた
初代の位置では使い勝手が悪くなったためです。

当時、東西を結ぶ鉄道に関しては、
中山道を通す計画が先行していたのですが、
難所が多く、結局、東海道線の整備に回帰していったようです。

関東大震災の崩壊した二代目に代わって作られたのが
三代目となる今の横浜駅です。

駅の位置は更に北に移され、
保土ヶ谷と東京をストレートにつなげるよう修正されました。

かつての横浜港はシルクの輸出で栄えていました。

甲信地方からの絹が集まる八王子と横浜をつなぐ横浜線は、
地元経済界の悲願でありましたが、難航したようです。

明治41年の開通となりましたが、
同17年の高崎線、22年の両毛線等、
すでに東京経由の流通路線が先行していたため、
絹の道としてはあまり稼働しなかったようです。

ちなみに京急線の仲木戸は、
横浜線を通すために高架に上げられたようです。
私鉄のほうが立場が弱かったということらしいです。

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二人目の講師は横浜市交通局の高速鉄道本部長。
市営地下鉄のお話でした。

大正10年、経営が傾いた民間の路面電車を買い取り、
市電の運行が開始されます。もう少しで市営交通100週年だとか。

しかし、開業1年目にして、関東大震災で全てを失う不運。

戦後、自家用車の急速な普及に伴い、
道に車が溢れ、市電の運行も困難になっていため、
地下鉄敷設の計画が動き始めます。

昭和47年の市電廃止と同じくして、市営地下鉄の開業。

もっとも、市電の代替機能は主にバスが担い、
地下鉄は都市機能拡充のため、より戦略的な役割をもっていました。

当時の路線は全て横浜駅を起点に放射状に広がるものでしたが、
これらをバイパスしたり、開発途上のニュータウンを結んだり。
上大岡や戸塚、新横浜、港北など、新しい中核都市の根幹ともなりました。

車両は標準軌、三本レールを採用。
パンタグラムをなくして、低車高で運用可能です。

グリーンラインでは鉄輪式リニアモーターを採用。
車両はさらに低くコンパクトな作りになっています。

赤字が続いていた経営に関しては
ここ5年ほど黒字が続いている状況。
港北エリアの人口増や、低金利などが要因だそうです。

郊外と都心部の一体化を目指して導入した快速は、
定期外利用客が3%増、新横浜-横浜や戸塚-関内などの利用者増等、
それなりに効果をあげているようです。

今後も快速運行は増やしていきたいけど、
予算不足で追い越し路線を整備できなかったのが悔やまれるとのこと。

今後の展望としては、
目下、事業中の西谷とJR、東急日吉を結ぶ神奈川東部方面線。
検討中の新百合ヶ丘への市営地下鉄延伸や、
横浜環状鉄道、貨物支線の貨客化が挙がっていました。

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三人目は神奈川臨海鉄道の常務。
貨物鉄道の今というお話です。

鉄道貨物はJR貨物が中心で、
JRの路線と港を繋ぐ独自路線、
更にそこから工場敷地へ引き込む企業専用線があります。

神奈川臨海鉄道は川崎から川崎港、
根岸から本牧ふ頭へつなぐ16.3kmを保有。
こうした会社は全国に10社あります。

輸送方法は大きく2つに別れ、
一つは石油やセメント、石炭、石灰を専用貨車ごと借りきって運ぶ、車扱。
これには車両そのものの輸送も含まれ、かつての主流でしたが、
現在はほぼ石油のみに限られ、コンテナ輸送にその役割を譲っています。

貨車に相乗りできるコンテナ輸送は、
少量多頻度の輸送に優れ、海上輸送とのアクセスもスムーズです。

1つの貨車に5本積める12f、2本?積める20f、1本の40fと
大型になると効率は悪くなるようです。

現在、世界では45fの大型コンテナも増えていますが、
トンネルに入れないとか、大口が埋まらないとかの理由で、
日本では逆に小口化しているみたいです。

鉄道貨物の国内輸送シェアは
最盛期であった1950年に26.9%であったのが、
2014年では0.9%まで落ち込んでおり、
その殆どがトラック輸送に吸収されています。

しかし、荷物量に距離をかける指標では1/10程度の落ち込みで、
500kmを越えるような遠距離に大量の荷物を送るような用途では、
鉄道輸送のメリットも活かされているようです。

もっとも、横浜港の扱いコンテナは、
7、8割が南関東への荷物で、ほとんどが短距離。
東北などへの遠距離荷物をいかに逃さないかが課題です。

ただ、トラック輸送もドライバーの減少が問題となっており、
2020年には10万人の不足が予想されています。

排出ガスもトラックの1/9というエコ要素もあり、
鉄道輸送にも可能性は残っているとのことでした。

また、鉄道輸送のデメリットの一つに、
貨物駅等での積み替えに手間取ることもあるのですが、
この辺も編成の工夫などでなるべくせずに済むよう工夫しています。

また、面白い用途としては、川崎北部からの廃棄物の輸送。
このノウハウでもって被災地からの瓦礫も運んでいたようです。

また、根岸→新潟→青森→盛岡という大回りで石油を運んだり、
震災支援でも活躍したというお話でした。

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定番のヨコハマ事始めから、
めったに聞けない貨物のお話まで、
なかなか面白い内容だったと思います。

バックレないでよかったわ。

なお、次回のテーマは”演劇”だそうですよ。
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4 Comments

さんのコメント...
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2016.03.27 | # [edit]
管理人 さんのコメント...
>秘密さん
①”ス”ですね。宝塚観過ぎたせいで、
無意識のうちに”ジェンヌ”方向へ引っ張られてしまうのでしょう。

②イベントに関連しない人には迷惑でしょうね。
交通関連だけでも、けっこう影響ありますから。
つか、お気を悪くされた方面のお気遣いは全くいらないですよ。
お気を悪くされたら、絶対に言い返すタイプなので!
ご配慮は嬉しくもありますが、気にし過ぎだと思います!

③ナンシーさんは才人でしたね。
核心をズバッと切り取るからこそ、
あっという間に流されてしまう時事コラムでも
未だに色褪せず存在感を残しているのだと思います。
ただ、私個人はあんまり読んだことがなかったので、
影響は受けてないと思います。
2016.03.28 | #- [edit]
フジ丸 さんのコメント...
神奈川臨海鉄道。懐かしい!
以前バイトしたことがあって、めっちゃ楽しかったです。
ほんとにあそこほど良い仕事はなかった(事務部門でしたが)です~
お使いで構内線路を横切るときとか無駄に指さし確認したり…

2016.04.11 | #pHzJAjvw [edit]
管理人 さんのコメント...
>フジ丸さん
えーー、どういうところが楽しかったのか、裏話を聞きたいな!
2016.04.13 | #- [edit]

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