「横浜学 ~横浜・黄金町のまちづくり~」の感想 - 恰幅の良い彼のblog
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「横浜学 ~横浜・黄金町のまちづくり~」の感想

関東学院大学と横浜ウォーカーのコラボ講座「横浜学」です。

第12回目のテーマはなんと「黄金町のまちづくり」

そうです、最近の暑苦しいエントリーはここへつながるのですね。

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一人目の講師は開港資料館の副館長。

初回に続いての登壇ですが、
この方のお話は非常に分かりやすくて素敵でした。

内容は”幕末から明治にかけての黄金町”ということで、
まぁ「何もありませんでした」って一言で終わってしまうんだけどな。

異人がたくさん住むようになった当時の横浜は
大観光地となり、案内の絵地図もたくさん書かれたそうです。
そんな地図を見ながらのお話。

基本的に黄金町の地が描かれたものは無いのですが、
「こっちの端っこのほうがそうです」的な存在感。

黄金町の町名が登録されたのは明治2年のこと。
元々、太田村の外れの雑木林だった場所で、
市街地が内陸へ拡大していくにつれ、
なんとなく自然発生的に開発された土地のようです。

近隣に初代横浜駅(桜木町)があったこと。
横浜公園にあった遊郭の移転などが人口増加の背景。
住民は人足や下級商人が中心だったようです。

また、長者橋から黄金橋のあたりには、
横浜の警備を担当することになった福井藩の陣屋が設置され、
それが陸軍省の施設として存続した関係で、
飲食などの需要も満たす環境もあったみたい。

急造りで地域の共同体が無い横浜の地に
なんとかコミニティを作ろうと設置された
伊勢山皇大神宮や成田山横浜別院にも近く
門前町的な横顔もありました。

明治20年くらいになると町としてもしっかりしてきて、
大岡川を利用した海運を行う大きな商人なども住み始め、

当時発行された「横浜成功名誉鑑」という人名録には、
軍向けのビスケットで財を成した清月堂パン屋や、
浦賀のペリー来航碑を扱った横溝石材など、
黄金町日ノ出町在住の名前がいくつか見つかるとのこと。

ただ、そういう街の姿は戦後にリセットされてしまったようです。

前段階として町の歴史を語るならば、
戦後からの話を濃厚にして欲しかったところですが、

売春街や麻薬窟といったイメージだけでなく
かつて輝かしい時代が存在したことを知るのは、
住民の誇りにつながるだろうという意図があったみたい。

そう言われると、なんかロマンあるよな。

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に人目は横浜市大の教授で、
黄金町バザール初代実行委員長だった方。

前段を受け、歴史の補足から。

大震災や大空襲で従来の街が無くなったところ、
戦後の関内外エリアの接収で追い出された人々が、
高架下に集まって闇市を形成、米軍相手の売春なども行うようになります。

1970年代には売春婦も外国人の割合が増え、
京急による高架補強工事の立ち退きにより、
店舗は周辺に拡大、24時間営業するところも出始め、
周辺住民の我慢は限界、行政に働きかけ、バイバイ作戦へと繋がる流れです。

一斉摘発後、街に全く人が来なくなって、
さて困ったという話になって始まったのが黄金町のまちづくり。

市大が関与し始めたのは2007年からで、
教授の講演を聞きに来ていた町会関係者からの依頼みたいです。

初めは近隣の小学校に出向いて行って、
自分の街の良いところを探すワークショップ等をしていたのですが、
横浜の創造都市政策の絡みでアートの企画が持ち上がり、
黄金町バザールへと発展していったようです。

初回開催に際しては、住民の分かりやすいような作品にして欲しいこと、
新たな船出に際して、過去を掘り起こすような
ダイレクトな内容はやめて欲しいことを要望して、
あとはアートディレクターに全てお任せしたらしいよ。

個人的にはアートで町が復活するとは思っておらず、
定期的なイベント等を通じて、地域内外につながりを作ることが大事。

現在は街づくりNPOとは別の立場で、
学生達と隣人祭やマルシェを主催して、活動しているみたい。

今後の課題はやはり賑わいをもっと増やしたい点と、
次世代の担い手が不足している点で、
他地区のまちづくりの問題とあまり変わらなくなっていること。

川を使った試みに期待していること。

春になると盛大に行われる桜まつりは、
自治体や観光協会と関係なく、
流域町会が自主開催するもので、とても珍しい。

日吉神社な子神社の氏子など、
そもそもの住民のつながりは強いというお話でした。

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三人目は関学の副学長。

法学部の先生ということで、その見地からのまちづくりについて。

まちづくりとは広義の自治行政で、
町の土地や空間利用をコントロールするもの。

まちづくりでは私権と公共性の調和がテーマになる。

日本においては私有財産権が強く、
自分の土地は勝手に使おうという考えが基本ですが、
欧米では計画なくして開発無しということで都市計画が重視されている。

それぞれの地域の実情にあわせて設定される
ローカルルール、条例は法律に並ぶ存在である。

横浜には住民主体で取り組む地域まちづくり推進条例があり、
すでに地域まちづくりプランが13地区、
知育まちづくりルールが17地区設定されている。
これは全国に誇れるもの。

ただ、この条例には強制力が無く、
事業者との協議において、力が弱い。

すでにある横浜市街づくり協議要綱なども条例化して、
その辺りの問題を強化していくべきである。

風俗に関しても、条例で阻止できる判例があり、
黄金町の地域ルールも条例化を目指していくのはどうか。

ディカッションでは、それに絡んで、
マンション風俗対策でワンルームの建設はやめてほしいと言っているが、
事業者はなかなか聞いてくれないという話がありました。


一目瞭然の閑散を尻目に、
成功例として喧伝されている黄金町のまちづくり。

外部へ吹いてるホラが聞けると楽しみにしていたのですが、
内容については本筋に切り込まないものばかりで、
ちょっと肩すかしでしたね。

ただ、市大の先生のお話なんかを聞くと、
まちづくりの面々も一枚岩ではないんだなということが分かります。

なお、この話題については、疑問点問題点などを、
私なりに、もう一回まとめて終わりにしようと思っています。

次回、横浜学は「横浜とダンス」ということで、また無理筋だし、
クソを極めた「ダンスダンスダンス」への文句になるかなぁ・・・
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4 Comments

321 さんのコメント...
「街づくり」のような動きにどういうしがらみが
あるのか少し垣間見えました。しがらみとはいってもキレイな部分とか表に出して差しさわりない部分にはなるのでしょうけれど。。街づくりに限らず、あたらしい制度などを見ても、お役所は「実体」よりも「ほら、こんなことやってるよ」という形を作りたいのかなという印象を受けることが多いです。ありがとうございました。
2015.05.10 | #- [edit]
管理人 さんのコメント...
>321さん
仰るとおり、本来問われる成果なはずですが、
まちづくりのように目標すらフワフワした事業に対しては、
誰も客観的な評価ができず、修正&成長が見込めないのが問題です。
試みに失敗はつきもので、それ自体は罪ではないはずですが、ありのままを報告できないお役所風土があるのでしょうかね。
2015.05.10 | #- [edit]
ぴーさん さんのコメント...
私は、会社で、会社のお金で失敗したことは、大事な資産である。
必ず共有するようにと、言われています。
市役所は、税金でやっているわけですから、失敗も包み隠さず、説明する義務があるとおもいます。
2015.05.11 | #- [edit]
管理人 さんのコメント...
>ぴーさん
脚色された成功よりも、冷静な失敗の記録の方が、
全国に伝えるにしてもよほど価値のある資産になるんですけどね。

2015.05.12 | #- [edit]

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