いまさら「黄金町バザール2014」の感想 - 恰幅の良い彼のblog
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いまさら「黄金町バザール2014」の感想

散る桜の中で、ふと・・・

って、もういいか!

桜の時期すら、だいぶズレてしまってるしな!
なんのギャグだか自分でもよく分からんし!

ということで、皆が忘れた頃にやってくるイベント感想シリーズ。
恒例の黄金町バザールにも触れておかなくちゃね。

ご近所のよしみでね。

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やっぱり、ガッラガラ。

初秋の風が吹き抜け過ぎだよな・・・

当ブログでは毎回の記録を残すようにしているのですが、
冒頭は必ずゴーストタウンの写真から始まるこのワンパターン。

もはや空いてるというレベルを遥か越え、
生命の気配すれ感じられないイベント絶賛開催中の黄金町です。

毎度の風景なので今更驚くことはありませんよ。

でも、こんな状態で7回も続いているビックリはありますね。

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もっとも今回は「ヨコハマトリエンナーレ」が同時開催されたため、
ぶら下がり効果で、平年を倍する動員があったのは確かです。

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平日は所在なげに机を見つめるボランティアか、
業界視察団をいそいそ接待するスタッフの面々、
タンクトップの汚爺さん、野良猫くらいしか目撃できない会場ですが、

週末にはリアルな来場者の姿も目にし、また袖ふれあうこともあり、
アートイベントは本当に、マジで、ガチで、開催されていたんだなと、
私の脳内で紡がれた幻ではなかったんだと確認できました。

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具体的には三ヶ月間で来場者数43,447人という発表でしたが、
うーーーーん、どうなんでしょうね。

ビチャビチャになるほど眉毛へ唾を塗りたくってしまいましたよ。

もし日に500人も来ているのなら、
「こんなにお客さんが歩いているの初めて見た!」
なんつって写真とったりしねーから!!それでこれだぜ!

黄金町バザールは一応、有料イベントの体裁ですが、
改札はきっちりしないし、展示が街にバラけている関係で
正確なカウントができない口実で、数字を盛りまくってる疑惑あり。

だって、人っ子一人歩いてないレベルの会場を毎日見てるからな。
いや、私だけじゃなくて、近所の人達に聞いてみるといい。

やはりスタッフしか立ってない会場へ120万人も動員したと言いはった
悪夢のY150とそっくりな構図が透ける横浜市マジカルです。

ここら辺は資料だけではわからない現場の実情であります。

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さて、今回のテーマは”仮想のコミニティ・アジア”

ちょうど「東アジア文化都市」という中韓との謎交流事業が、
横浜で開催されていたので、そこにひっかかってるのでしょう。

実際の黄金町周辺は”現実のコミニティ・アジア”に、
ガッツリと侵食されている混沌の土地なので、
住民にとっては今さら爪アカほどの新鮮味も感じないお題です。

果たして、このテーマに深い意味があったのか?

実体はいつもとさして変わらず、
アジアの若手作家さんを気持ち多めに招きましたって話なのかと。

そもそも「奴らとは話が通じねぇ!」つってアジア娼婦を追い出した場所で、
都合の良い国際交流を再構築されてもね、皮肉っすよね。

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前回の「黄金町バザール2013」は酷かったのです。

誰も観に来ないのは相変わらずとして、
展示作品も質量とも情けない程カスカスになって、
この茶番もいよいよ終局なのかと感じていたところ。

でも、意外!今年はやや持ち直したような気がしました。

出品39組といっても、小規模のワークショップ等が混じって、
必ずしもボリューム満点とはいえませんが、作品の密度は増した印象です。

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運営事情は知る術もありませんが、
関連イベントのおこぼれで予算が増えたのか。

もしかしたら、外部からキュレーターを招いたことで、
運営のグダグダの中に多少の新風が入ったのかもしれませんね。

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今回は封鎖中の高架下も会場になっていましたよ。

壁面に飾られているのは、
コンテナなどに自然に出来たサビの模様アートだそうです。

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アートで飾るのも結構なのですが、
街の雰囲気を陰鬱にしている大きな原因が、
日ノ出町から南太田まで延々と続くこの鋼板なんですよね。

京急もいろいろ痛い目を見てますので、
ガッチリ守っておきたい気持ちもわかりますが、
これはそろそろ何とかなりませんでしょうか?

個人的には無理筋なチョンの間リノベーションよりも
むしろ高架下の有効活用こそが本丸なんじゃないかと考えます。

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中はこんな感じでけっこう広いのよ

台湾の近代化で消え行く旧軍人街の写真展。

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まぁ、土地柄をよく反映しているというか、

ヒネリがないというか、

とかくオサレに聞こえるアートイベントですが、
地域からインスピレーションを受けちゃうと、
蓋をしたいとこまで掘り返えされちゃうってことで。

都合よくイメージアップに使えると思うなよ!ってメッセージかと。

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以前、スタジオ内にホームレスを住まわせてその生活を展示するという
まさに当地で行われている地域アート事業を皮肉った企画を試み、
事務局にすんごく怒られてしまった太湯雅晴。

今回の展示はすっからかん。

どうしたのかなと思って張り紙を読んでみると

お前ら、そんなに過去に蓋をして、健全を求めたいのなら、
俺がいっそファミレスやカフェを誘致してきますよ!

・・・来なかったけどな!

っつー、身も蓋もない文章をぶつけていました。

中には何も無いんですが、ドアや扉が全て開け放たれ、
建物に堆積したかつての記憶がさらけ出されたような形です。

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まぁ、黄金町の売春宿を舞台にした現代芸術で、
過去には触れてくれるなという方が無茶なのですが、

実際、やり過ぎた作品や人物に対しては
”地元の感情”に配慮して検閲がかかると聞きます。

その時代のリアルの中で育ってきた人間が
今さらそんなことに目くじら立てるとも思えませんが、
街づくり関連には潔癖こじらせたのが混じっているのかもしれません。

一方で、この青木真莉子のようなそれっぽい作品も、
毎年、必ずラインナップされています。

たいてい、おっかない細道の奥に追いやられているんだけどな!

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刺に経血、ヤリ捨てされた人形まで落ちています。

黄金町バザールの展示に、
どのような作品コードが設定されているか、
具体的には知りません。

ただ、あるとしても、
創作活動や表現の手足をもがれるほど、
厳しいものではないような気がします。

むしろ、事務局とフィーリングが合わないとか、
もうちょっと人間臭い、低俗なトラブルなんじゃないかと想像します。

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同じ作者がモフモフをかぶって、
なんかいろいろやってる動画を見ながら、
こういう撮影に付き合ってくれる友達って得難いなと感じました。

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原田賢幸の作品は中に入ると自動的に動き出します。

不気味なうめき声をBGMに、突然流れ始める水道・・・

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ゆっくり開閉するカーテン、冷蔵庫の扉。

砂嵐のTVにギロチンが落ちたり、
炊飯器で暖められた石に酒がぽたり落ちて臭いを発したり。

これを安全な美術館で観てるわけでなく、
裏町で沈黙する売春宿の中、たった一人きり、
後から誰が入ってくるかも分からねぇ環境だよ!

確かに印象には残るんだけど、
そりゃ決して心地の良いもんじゃねーわな!

リピーター、呼ばないよな!

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「黄金町バザール」がちっとも集客できない理由として、
イベントの認知不足を挙げるのは、さすがに苦しくなってきました。

そもそも、現代アート自体の集客力ってどうなのでしょう?

問われれば、大概の人はおすまし顔でイイね!を返してくれるでしょうが、
実際にお金を払ってまで観に来るファンの数は決して多くはなく、
街を活性させるほどの力は無いような気がしています。

芸術の話題は、なんか教養や感性を見透かされるようで、
ついつい見栄をはって理解を示してしまいがちじゃない。

でも「オレら、実は言うほど好いてないのよ」ってのが本音なのかも。

現代アート=意味不明という固定観念も、未だ根強いでしょう。

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展示に関しては健全化されて、ヌルいと評する人もいますが、
土地柄を反映した作品には、やはり相応のエグミが含まれており、
芸術村民やサブカルカップルくらいしか喜ばない内容かもしれません。

少なくともファミリーレジャー向きではありませんし、
黄金町というメインモチーフが変わらないからでしょうかね、
総入れ替えをするわりに、例年、似たような作品が続くマンネリ感も拭えません。

会場設定の物珍しさが通用するのも限度がありそうです。

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そして、もう一つ大事なこと。

来場者やボランティアの声を聞いて印象的だったのが、
”内輪””疎外感”というような言葉なのです。

仮にも”バザール”を謳うイベントで、
お客さんからそんな感想が出てきちゃマズイよね。

でも、この”内輪”こそが、
人を呼ばない美術イベントの核心を突いているという気がします。

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よくよく考えてみれば、これは必然なのかも。

「黄金町バザール」は
単に作品を展示するだけの美術展ではありません。

作家が実際に黄金町に滞在して、
当地の住民や産業と交わる中から、
歴史や地域資源を活かした作品を制作、発信することで、
地域のコミニティづくりや活性化に貢献していくミッション。

自治体主導の地域政策に絡め取られた結果、
作家は実に様々な思惑を背負わされているんですね。

特に黄金町の事業は、売春街の放置によって、
長らく苦しめられたと訴えている一部住民たちへの慰撫や
地域サービスとしての性格が色濃いように思えます。

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つまり、このイベントにおいて、
視線の中心に据えられているのは
地域であって、来場者ではないのです。

実際、現代アートの世界には作品を介した対峙に留まらず、
作家と環境、鑑賞者の直接的な結びつきを追う流れもあるんだそうです。

ただ、その場合は濃厚な交流が行われる反面、
関与した人間以外を弾く”内輪”の形成も避けられないとのこと。

本来は、交流を通して抽出された地域の魅力が、
外部の来場者に対しても広く価値を放つよう磨かれ、
作品化されるところまで進んで成功となるはずです。

しかし、地域アート事業では、
必ずしもそうした作品の完成度を評価されるわけでなく、
スポンサーである自治体の関心はむしろ過程の段階で止まっています。

とりあえず、こういう事業に取り組みましたって実績が大事なのです。

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来場者は作品鑑賞や稀有な体験を楽しみにやってくるわけで、
地域問題の解決や活性化、住民エゴを満たすために、
都合よく集まってくるのではありません。

黄金町地域のために始めたイベントであることは間違い無いのですが、
黄金町のことばかり見ていると、お客さんは置いてけぼりになって、
成功はおぼつかないよってことなんです。

「黄金町バザール」がいつまでたっても
”街づくりの挑戦”ネタを引きずって、
純粋なアートイベントとして評価されない問題の本質は
そういうところにあるのかもしれません。

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もちろん作家が皆、そうした意図に忠実なわけではなく、
言葉の壁もあったりで、ただただ普段通りの製作をする人もいるでしょう。

でも、地域第一の運営方針が、
少なからず影響を与えているのは確かです。

プログラムも小規模だし、対象もやたら狭いんですよね。
会場でくつろぐのも友人達や地域の顔なじみだったりして。

広くアジアに開かれた国際美術展というよりは、
地区祭りの延長線上にあるようなこの雰囲気。

時に地場のスナックに迷いこむようなきまりの悪さがあり、
来場者はそういう空気を敏感に感じてるのかもなぁと思います。

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今や自治体は、現代アートの作家にとって
無視できない大スポンサー様になっているそうです。

見栄え良く、様々なロケーションやシチュエーションに対応しうる
便利な現代芸術を用いた地域活性化事業というのも
黄金町だけの話でなく、全国的にも流行しつつあるみたいです。

ただ、作家が自治体の地域事業に取り込まれていく中で、
本来の命題たる芸術性の追求が鈍化していくのではないかという声もあります。

セオリー通り、地域の資源を掘り起こすにしても、
そもそもの埋蔵量が乏しい場合は、出てくる成果も弱いよな。

しかも、自ら関心を持って採掘場所を選べない時点で、
だいぶハンデを負っているような気がします。

もっとも、私は芸術家でも愛好家でもないので、
その辺の話題は突き詰めていけません。

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むしろ自治体側の思惑は果たされるのだろうかという部分が気になります

経済効果は?活性化は?コミニティの形成は?

考えてみると、それらを担い手は
なにもアーティストである必要がないのです。

さらに本業である作品製作の片手間にこなすには、
どれも重すぎるタスクであるといえます。

自治体は作品そのものを評価してお金を出せないから、
諸々のソーシャルサービスと抱き合わせた
地域アート事業のパッケージを考えだしたのでしょう。

それはそれで上手いなと思いますし、
とりあえずの飯の種として助かっている作家も多いことでしょう。

ただ、色々と欲張って要素を詰め込んだ結果、
どれも中途半端に留まり、満足な成果は得られていないのではないかな。

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無論、役人作文の魔法によって、
各分野それぞれから乏しい成果をかき集め
枯れ木も山の賑わいとして世に報告されているのでしょう。

かくいう閑散黄金町が地域アート事業の代表例として、
業界内に華々しく喧伝されているのが何よりの証拠です。

しかし、数少ない客観的指標である来場者数が、
貧しい実りの現実を如実に語っている気がします。

活性化というのが恥ずかしいほどのガラガラですもん。

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序盤で、今年は持ち直したって書きましたね。
会場で確かに観た時はそのように感じたんですよ。

でも、それはあくまで黄金町バザール比の復調評価かもしれないな。

先にトリエンナーレ記事の写真をまとめた後に、
再度、こちらの素材を見なおしてみたら、
だいぶ安い作品も混じってるんだよね。

まぁ、見る人が見れば輝いているのかもしれないけど、
都心エリアのアートイベントとして、これらがどの程度の強度を示せるものなのか。

いつまでも行政から大金が入るわけで無し、
すでに話題性や物珍しさが褪せつつある中で、
黄金町バザールは今後自立していくことができるのか?

これまでの7回で、人や物に関わらず、
どの程度の成果や資産が蓄積されているのか。

さんざん地域と関わり、言われるまま街をアートに染めたはずなのに、
この流れを受け継いでゆく住民芸術集団も育ってなさそうだしな。

やっぱり、場つなぎの策でしかないのかなぁ?
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-11 Comments

ふとし さんのコメント...
ここ3回のアートの感想、完読したよ!
ぐっすり眠れそう!
2015.04.29 | #- [edit]
ryutaefeijoada さんのコメント...
大変面白く読みました。
来場者、地域、行政、作家、それぞれが、
まるで違ったことを考えているのが、
このイベントの「宙に浮くような違和感」の原因なのかと
taputapuさんの文章を読んで感じました。
特に、この街の地域性(トポス)を表現する作品が、
主催者側としては過去の暗部を蒸し返すような話で
あったりしますよね。
関内や山手で、歴史の記憶を残すモニュメントを
作っているくせに、この街の記憶には、
行政が黙ってふたをしようとしている。
そこにアーティストも補助金事業という立ち位置で
過去の記憶を上書きするような作品を作る。
行政は「バザールが行われたこと」を良しとし、
地域は「あの時代をなかったことにして地価上がれ」、
来場者は「あの黄金町まで来たのにヌルい作品だな」と
思い、
みんなが「なあなあ」で市税がつぎこまれていく。
結局、地域も作家も補助金を脱して、やりたいことを
やれるまちになっていかないと、現在のモヤモヤした
「いいわけアート」以上の物は出てこないのでは
ないですかねえ?
2015.04.29 | #- [edit]
管理人 さんのコメント...
>ふとしさん
おつかれ。
でも、書く方も大変なんだぞ!!
黄金町に関しては近日中にもう少し続きます。

>ryutaefeijoadaさん
例えばチョンの間の建物のように、アトリエとしても展示スペースとしても勝手悪いものを、無理やり使おうとしている時点でロスが生まれますよね。
私には皆が”黄金町”に縛られすぎているように思えますよ。
2015.04.30 | #- [edit]
さんのコメント...
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2015.05.01 | # [edit]
管理人 さんのコメント...
>秘密さん
芸術選奨も底が見えたなって感じですね。
お役所謹製の推薦書類をちゃちゃっと見るだけで決めているのかもね。
2015.05.03 | #- [edit]
AK さんのコメント...
書き込み失礼します。

こういう官製のより、桜木町のガード下の「アート」を消しちゃった罪は大きいぞ、と思ってしまいます。

>無視できない大スポンサー様

新潟とかのアートイベントをプロデュースする北川フラム氏あたりが引いた金脈ですね。北川さんは野毛大道芸の平岡正明氏とも若いころから面識のあった、なかなか興味深い人物です。
私の出身県にもいろいろ食い込んでます。私の出身県の場合は、新幹線特需で沸く一部を除けばなかなかの過疎地なので、枯れ木も山の賑わいで、中心部の「研究者から見たら価値あるが、相続人からしたらさっさと売りたい老朽町屋」を利用してくれるありがたい存在になっています(相続人にしたら安く貸すよりゃ、観光客目当ての商売人に売りたいかもしれないが)。
2015.05.13 | #Y7SJeVSc [edit]
管理人 さんのコメント...
>AKさん
桜木町の高架アートはもったいないなぁと思いましたが、
最後の方はろくでもなかったような気がします。
元の作品を上書きできるのはより良いものでなければならないというような仁義や審美眼があって初めて成り立つのでしょうが、そもそも無法にルールが守れるはずもなく、既存の表面をなぞっただけの質の低い落書きばっかになりましたよね。
2015.05.13 | #- [edit]
futoyu さんのコメント...
自分の名前で検索してたらたどり着きました。
2012年の件はたいして怒られませんでしたよ。黙って何もなかったことにされそうになった程度です。
町の歴史が気になる人にしてみれば、スポンサーに配慮した作品群は白々しく見えるでしょう。キュレーターがそっち向いてる時点でお察しですが。
2015.08.18 | #- [edit]
管理人 さんのコメント...
>futoyuさん
こりゃ失礼。噂だけで書いてしまいました。
実際はトラブルが燃え上がるほどの熱量はなかったということですね。
作品に対してヌルいとか、刺激が足りないという人もいますが、かつての黄金町をギンギンに表現した展覧会を繰り返して面白いかというと、そこに未来は無いような気がします。
今年も準備が始まってますが、地元や役人の顔色を伺う以上に、来場者の満足に尽くして欲しいです。
2015.08.18 | #- [edit]
futoyu さんのコメント...
管理人さま

噂にしろ、私の知らないところで話がひとり歩きしてるのであれば炎上商法的ですがそれに越したことはないですね。

あの町は地域系アートイベントと言うレイヤーの上部に町の浄化というレイヤーが乗っかっているので、アートで町をどうこうしようとは本気で考えていないように見えます。ジェントリフィケーションの末に華やかな町を期待するというよりは、ひっそりとした閑静な町になってほしいというのが横浜市と「住人」の本音だと思います。従ってアートはそれまでの期間を埋める為のただの埋め草に過ぎず、下手に騒ぎを起こして注目を集めるのは事務方の本意ではないでしょう。どういう人が黄金町のイベントを楽しみにしているのかは知りませんが(散々参加しておいてなんですが)、私にとっては退屈な町です。

管理人さまの仰る通り、かつての黄金町を表現した展覧会を繰り返したところで意味はありません。その意味では黄金町の過去にバカの一つ覚えのようにこだわり続けた私の表現は幼稚です。しかしだからといって上にでっかい蓋をして、まったく無関係のレイヤーを持ってくるよう事務局のやり方では臭いものに蓋と言われても仕方がないように思えます。闇夜に針の穴を通す様な繊細なディレクションが必要なはずですが、現状ではそれは望むべくもないと思います。

久しぶりに黄金町について考えたのであれこれと思いつくまま書いてしまいました。長々と失礼しました。
2015.08.18 | #- [edit]
管理人 さんのコメント...
>futoyuさん
最初から表裏の思惑が進行していたのかというと、そんな器用な立ち回りは出来てないんじゃないかなと思います。

当座の処置ならば、高架下のスタジオなんかに投資する必要がありませんし、甘い見込みで発進して、奴らなりに本気でやって、やっぱり全然板につかなくて、じわじわ疲弊した挙句に、もう普通に暮らせりゃいいんじゃね?ってところに尻すぼんできているんだと感じます。

浄化作戦の潔癖は、地域の感覚とはちょとズレていて、平和になったのは歓迎だけど、どこかで昔の怪しい風景が懐かしくもあるような複雑なもの。旧来全てを悪とせず、その中から魅力を抽出してイベントに反映されるといいんですけどね。

個人的には作家の表現したいものと、主催側の求めるものとの不協和なんか、黄金町街づくりの側面として興味深いものだと思いますし、そこを掘り下げることから逃げて、ただ口当たりの良い作品を並べるよりは、ずっとリアルで心に残ります。
2015.08.19 | #- [edit]

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