「横浜学 ~横浜のシルク~」の感想 - 恰幅の良い彼のblog
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「横浜学 ~横浜のシルク~」の感想

関東学院大学と横浜ウォーカーの特別公開講座、
横浜学を受講してきました。

って、もう一ヶ月以上も前の話なんだけどさ!

マクー空間に引き釣り込まれていたメモがやっと発掘されたので、
薄れまくった記憶をたぐりつつ、なんとかまとめてみようと思います。

つーか、あやしいとこは、勝手に書いちゃってるけどな、勘弁な!

三回目のテーマは”横浜のシルク”

シルクといっても生糸ではなく、
スカーフを軸に構成された内容でした。

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① 横浜とスカーフ

まずは服装美学が専門の山崎稔惠教授のお話から。

開港以来、日本の貿易品のトップスターであった生糸。
そのほとんどは横浜港を経て輸出されていたんだとか。

当時、欧州で流行った蚕の病気、
主要輸出国であった中国の戦争などを背景に、
ガンガン売上を伸ばし、その後、世界一の輸出国になっていくわけです。

生糸に付随して、絹織物の輸出も始まり、
こちらもじわじわシェアを伸ばしていきます。

横浜は絹の港であったわけです。

日本におけるスカーフの歴史は
手巾とよばれる小ぶりの手ぬぐいに染め付けをしたものから始まり、
それを大判化した横浜のS・SHOBEYの記録が、最も古いもの。

戦後もスカーフの輸出は盛んだったようです。
大岡川や帷子川のあたりは捺染工場がいくつもあったって聞きますよね。

ただ、この時のスカーフはシルク製の高級品ではなく、
安価な量産品が中心だったようです。

進駐軍向けに販売したのを皮切りに、
現地の観光土産品などとして、各国に輸出されており、
今でいうMade in Chinaの位置であったわけよ。

大量生産していく過程でパクリも増え、
組合が意匠登録の管理を行うようになった結果、
世界でも稀有な15万点ものサンプルが残っているんだとか。

現在ではシルクセンターが保管してるらしいんだけど、
例の”仕分け”の過程で、処分されそうになってヤバかったそうな。


② S・SHOBEY

横浜スカーフの元祖とも言えるS・SHOBEYを受け継ぐ
椎野正兵衛商店の社長、椎野秀聰さんが二人目。

S・SHOBEY・・・聞いたことねぇわ!って思ったんだけど、
震災以降、会社は一旦途絶えていたらしいわ。

社長は自ら立ち上げた音響会社を成功させ、
第二のチャレンジとして曾祖父さんの志を復活させようと、
再び絹製品のブランドを立ち上げたって流れみたいです。

様々な歴史の資料は震災で灰燼に帰してしまったんだけど、
売り先のアメリカや海外に残っていたものを収集していく過程で、
洋装の生産や輸出は、定説から30年は先行していたことが判明。

横浜に店を構えたS・SHOBEYも開港直後から、
ハンカチやスカーフなどの小物にとどまらず、ドレスやガウンなど、
生地にしてもデザインにしても一流のものを生み出しており、
エリザベス女王が使うような品も、手がけていたんだそうです。

生糸に関しては粗悪品も多かったらしいけど、
同時に日本の職人の高い技術が、海外へ輸出され、
評価されていたってこと。

なお、彼らがいきなりの西洋文化に対応できたのは、
元々、桃山以降の高度な文化や技術の蓄積があったり、
すでに租界や密貿易である程度の実績もあったんだそうな。

ハンカチ等の輸出でかなり羽振りの良かったはずの
S・SHOBEYがなぜ今日まで存続できなかったのか?

明治期の政変で、負け組に肩入れした結果、
名も金も消えていったってお話でしたが、
その辺は謎に包まれてるよな。

社長はさすがに立派なスピーカーで、とても面白く聞けました。

この講座には”横浜再発見”という基本テーマがあるんだけど、
S・SHOBEYのお話は知られざる横浜の一面を教わる意味で、
ズバリの内容になったと思うよ。


③ ROUROU

三人目は「ROUROU」主宰の早園真己さん。

まぁ、お綺麗!まぁ、顔ちっちゃい!
私より年上だとはにわかに信じがたいチャーミング!

あれじゃ、どんな服着ても可愛く見えるよね・・・つー話!

パリコレモデルだった早園さんは、
「ヨウジヤマモト」のジャポニズムに触発され、
ネオアジアをテーマにした自身のブランドを立ち上げます。

皆さん、ご存知のように、お店は中華街にあり、
ローズホテルや江戸清の制服も手がけてるらしい。

もともと、ご両親が捺染の版を作る仕事をしていて、
横浜スカーフの栄枯盛衰を間近に見てきたんだそうな。

現場には世界レベルの技術があったんだけど、
それらを取りまとめるブランドが無かったため、
単純な価格競争で、より安い生産国に喰われていった展開。

その後、自らがものづくりや販売に携わる中で、
良質にこだわる一方、どうしても安価であることは無視できない。

でも、なんとか踏ん張って、原点に戻り、
次世代の横浜スカーフを担っていきたいというお話でした。

前の社長が強烈だったので、ちょっと萎縮した感じ?


④ これからのものづくりはどうあるべきか

座談会も社長がほぼ独演だったわ。

製造業はマテリアルがなくなるともうダメで、
日本の繊維業界については、生糸もすでに一社のみとなっていて絶滅寸前。

これまで近代化、グローバル化の経営で、
様々な技能が一般化され、やがて消えていった。

今後は、機械やマニュアルで代替の効かない
個の力が再び見直されていく時代になるだろうって感じかな?

市場に安物ばかりが溢れて
消費者に見る目がなくなってきているってくだりに
全身ユニクロ、しかも値引き品で参加の私は赤面だよ!!

まぁ、我が国の優れた技が消えていくと言われると、
ろくに関わりがなくても、なんだか心配になってしまうよね。

ただ、高度な技能も、求められなければ、意味が無いわけで、
消費に裏打ちされた、飯を食える環境が大事ってことじゃん。

それが時代とともに変わっていくのは常なのかもしれんよ。

新たな需要が生まれるところには、
新たな技能も生まれるのかなって気もするし、
守るっていうことは単に保護し、保存することではないと思う。

とりあえず、この手の良い物を評価して、育てる役割を誰が担うかっつーと、
それは庶民じゃね―だろって思うんだけどな。

いくら素晴らしいといっても、オレら傘に6万も出せないじゃん!

そもそも”見る目”や”こだわり”を持つ金持ちもロクにいないんだから、
良い物が良い物であると分かりやすくする努力も必要だよね。

結局、元締めのアレンジや経営努力って話に行き着くんじゃなかろうか?

椎野庄兵衛商店の製品も、
今回のオリンピック招致運動のおみやげとかに使われていたらしいんだけど、
赤レンガや山手のお店が閉まって以降は、販路もよくわからない状態で、
復活は必ずしも順風満帆ではないご様子。

良いものを作っても売れない歯がゆさがあるだろうけど、
そもそも、良いものとは何なのだって考えると、
必ずしも、品質やスペックの縦軸で測るものではなく、
需要やバランスが大切なのかなって思うな。


⑤ 感想

今回もやっぱ時間は短かったんだけど、
バランスよく構成されていて、まとまりが良かったですね。

なんといっても、社長のプレゼン力だよね!

色々実物を持ってきて、早園さんがそれを羽織ってモデル歩きしたり
動きのある講座になってて、楽しかったよ。

でも、ウォーカーの読者に訴えない題材が続いたためか、
3回目にして、ガクンと客足が落ちてしまったようでもったいないぜ!

次回はテーマも未定で、12月くらいの開催だとか。

ここらで一度、路線を見なおしてもいいのかもね。
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