恰幅の良い彼のblog
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喜多方で食べました

喜多方に寄ったのですから、当然

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ラーメン

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ラーメン

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そして、ラーメンバーガーという流れでしょうか。

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ところで、会津の人はなんでカツ丼が大好きなんでしょうかね?

いったい、どんな文化、風土背景があるのかしら?
特にトンカツ屋が多いわけでも、豚の産地でもないのになぁ。

とりあえず、同じかつどニストとしてはシンパシーを感じまくりっすよ!!

喜多方でもカツ丼文化は根強く、
有名ラーメン屋さんを含め、どの食堂でも推してる感じなの。

ただ、これを食べてしまうとラーメンが食べられなくなるため、
いつも頼みたいなぁと思いながらも悔いを残していたのさ。

今回は我慢できず、一杯だけ食べてみた!

なんと仕上げにソースをかけ回す斬新なスタイルのカツ丼です。

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蔵カフェでの甘味も有り。

喜多方もなかなかよろしいBグルスポットですね!
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喜多方、好きかも

会津若松に泊まりつつ、
喜多方にもちょこっと寄って来ました。

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磐越西線で30分ほど。
すぐ近くなのでもっと気軽に行き来する予定だったのですが、
まさかあんな立派な駅に電車がそうそう来ないとは・・・

喜多方はラーメンエリアを含め、見どころは比較的コンパクトにまとまっているので、
駅前のレンタサイクルで、チャリチャリ回るのが丁度良いですね。

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やはり、きれいな水と酒蔵、味噌蔵がたくさんある
私好みのグルメ&ノスタルジックタウンです。

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会津若松に比べ、気さくで庶民的な風景。

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この地では40歳までに蔵を建てなければ恥さらし認定を受けるらしく、
そこら中に蔵がバカバカ立っています。

必ずしも店舗や観光利用されているものばかりではなく、
日常風景として溶け込んでいるのが面白いですよ。

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夜の街は元気がなさそうですな。

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ちょっと自転車で走るとこんな爽やかな田園風景が。

”ちょっと”と書きましたが、
縮尺めちゃくちゃな観光地図に騙され、
道の駅まで小さな自転車で往復14kmを走破しました。

気がつけば、外気は37度を越え・・・・

会津若松で食べました!

さて、会津の歴史やら文化やら・・・

そんなもんはどうでもいいんだ!!

ぶっちゃけ、食べに行ったんだから!

会津若松は食べ物が面白い街でもあるのです。

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まずなんといっても外せないのがソースカツ丼!

ソースカツ丼大好き!!

ソース味でありながら、口当たりが丸く
ご飯とも違和感なくあってしまう絶妙なさじ加減!

ああ、ソースカツ丼、もっと食べたかったな!!

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郷土料理も魅力的!

干し貝柱をダシに使ったこづゆはじんわり旨い一杯よ。

馬肉や山菜などの山の幸、
身欠き鰊、棒だらなどの乾物を上手く使ったお料理は、
横浜ではなかなか食べられないもの。

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街中にはお蕎麦屋さんが山ほどありますよ!

磐梯山、只見、山都と蕎麦の産地に囲まれた城下町。
蕎麦文化もハンパないんじゃねーかな?

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新ご当地B級グルメであるカレー焼きそばも食べました

・・・が、

このへんはあまり掘り下げないほうがいいと思うぞ!!
会津若松商工会議所よ!

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田楽あり!

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蔵カフェあり!

ワンコインスイーツ巡りの楽しい企画もありました。


どうよ、イイトコじゃない??
私はすっかり気に入りましたよ。

詳細レポは追ってサイトのほうで!

会津若松、好きかも

今回は夏の旅行記です。

せっかく、北方まで行ったので、
ちょっと寄り道をして帰ってきました。

目的地は会津若松!

私はお寺やお城、蔵や水路、歴史や文化があって、
ちょっとノスタルジックな風景の残る街が好きなのですが、
ここはまさにズバリのスポットなのですよ。

駅から車で15分とかで東山温泉だし。
観光に必要な大抵の要素は揃ってるんだぜ。

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かつて旅籠が立ち並んでいた七日町のあたりは、
古い町並みを生かした観光通りとして良い感じになっています。

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もちろん味噌蔵や酒蔵もありますが、飲食系よりもむしろ
漆器店や竹や桐を使った各種工芸品のお店が多いようですよ。

これらはお土産品というよりは、
会津若松の産業として現役みたい。

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蔵だけでなく明治大正期の洋式建築も多く、
街並みにも味がありますね。

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問題点は足かな?

巡回バスは30分に1本だし、夕方には運行終了。
ルート取りも悪く、余計な場所までくまなく回ってくれるので、
すぐ近くを移動するのに、ものすごく時間がかかるのね。

本当は自転車移動が最適な距離なんだけど、
レンタサイクルは駅ではなく、遠いお城とかに設置されていて・・・

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また、人口は我が南区よりも少なく、
1時間に1本も電車が来ないような土地なのに、
繁華街にはなぜかうん十軒の安スナックが看板をきらめかせていて、

もう訳がわからねぇ!
どこが士道の街なんだか!このエロざむらいどもが!

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そして強烈な地元人物自慢。
少しでも会津に関わった人間は、皆、郷土の誇りになってしまいます。

蒲生氏郷はまだしも、伊達政宗、上杉景勝、新選組とか
3年しか居なかったはずの野口英世は完全に自分ところの者として、
あらゆる場面に取り込まれています。ヤバス!

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もちろん、有名な飯盛山にも行ってきました・・・

質の悪い土産屋に有料エスカレーター、
自刃の地周辺の保存状態も悪く、正直、がっかりスポットなのですが、
このさざえ堂は面白い建物ですよね。

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神社には白虎隊が祀られています。

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まぁ、見晴らしはいいので、
「ああ、お城が燃えている」ごっこをして、旅の思い出としましょう。

もう少し♪ 時が♪ 緩やかであったならァァ♪

ちなみに正面が鶴ヶ城です。

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手前に見えるのは笹川ひろしデザインの
びっくりどっきりPRキャラクター「お城ボくん」

城内では俺達は薩長ずれ負けたのではない。近代兵器に負けただけなのだ!
という会津の民の強情っ張りぶりが遺憾なく発揮された展示が涙を誘います。

つーか、この地で山口、鹿児島の方々は決して出自を口にしてはいけないと思う。
木戸さんとか、板垣さん、伊地知さん、西郷に大久保も名乗るべからず!

どこから斬撃が飛んで来るかわからんぞ!


そして皆さん、気が付きましたでしょうか?
すべての写真に観光客がひとりも写っていないことに・・・

さすがにゼロではなかったのですが、
これだけの観光地なのに、会津若松はめちゃめちゃ景気が悪いです。

これが風評被害という奴でしょうか!!
それとも単に寂れているだけ??

もったいないよね!!!

こんなモン食べてました

さて、今回はグルメブログらしく食のお話。

向こうで食べていたものを記録しておくと面白いかなぁということで
食事の3分の2くらいは写真に収めることができました。

写ってないのは・・・まぁ・・・酒です。

すでにお店も開いていましたし、設備も揃っていたのですが、
ちょっとした買い物や自炊をする時間的な余裕がなくて、
ついついレトルト中心になってしまいましたね。

私の場合はだいぶ町が安定してから入ったため、
それほど悲壮感を感じないラインナップかも。

この間、避難者の方も自衛隊炊き出しや配給弁当中心の食生活でしたが、
我々はメニューを好きに選べる分、よりメタボリックな感じかな??

なお、カップ麺やレトルトなど、
備蓄食料のほとんどは心ある団体さんの差し入れです。

報道陣を引き連れ、宣伝中心の自分勝手な活動を行う企業もいれば、
現場支援を第一に考え、表には出ない地味なサポートであっても、
必要なことを着実にこなしてくれる団体さんもいらっしゃいます。

運営者や活動参加者だけでなく、様々な資材や用具などの提供も含め、
被災地での活動は報道されない多く人々の支援によって成り立っています。

団体だけでなく、我々と同じ遠隔地に住む一般素人の方々からの支援も多く、
意識次第で”遠い””知らない”は決定的な障害にはならないことがわかります。

めちゃめちゃ感謝しています。


ちなみに私の栄養を支えた中心は「ほっともっと」のお弁当な!

「ほっともっと」バンザイ!安いし!
瓦礫の真ん中でも作りたての柔らかいご飯がいただける幸せよ。

もちろん、ドラえもん弁当まで含め、全種類制覇しています。
オススメは肉野菜炒めと明太高菜とからあげ弁当な。

たしかプレナスは女子サッカーのスポンサーだったよね?

なんつーの?

”なでしこ優勝はワイが支えた”的な?

まぁ、そんな感じですな。

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ただいまー!

とある北の地での支援活動を一段落させて、
この度、無事に横浜へ帰着いたしました。

熱中症をバリバリ量産する強火の日差しにローストされ、
こんがりと焼豚になって帰ってきましたが・・・

なぜか脂身は落ちていません!

どんな過酷な生活環境におかれていても、
デブとしてのアイデンティティをかたくなに守り続ける
自分の身体が恨めしいわ!もはや生命の神秘じゃん!?

皆さんには突然のサイト休止でご心配をおかけしましたね。

今回はネット環境も確保できていたので、
ストック分を流しながら、こっそり両立させるつもりでしたが、
先方の広報やらも含め担当していたので、全く余裕がありませんでした。

ネット巡回も全く出来ておらず、すっかり浦島太郎っす。
後で横浜B級グルメの最新情報を教えてくれぃ!

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冒頭で活動が一段落と書きましたが、
どの被災地域でも、大規模な支援活動にはある程度の目処がつき、
徐々に参加者の受け入れを制限し始めているところです。

ただ、それは我々素人でも手伝える支援が
だいぶ落ち着いてきたというだけのこと。

震災から四ヶ月が過ぎた今でも、瓦礫は撤去されておらず、
電気や水道のライフラインが復旧していない地域もあります。

暑くて狭い避難所や、ヘドロの残る自宅の二階で暮らされている方は、
皆さんが想像しているよりも遥かに多く存在するのです。

復旧というよりは、ひどい生活にも慣れてしまったような状況。

被災地では今後も先の見えない泥沼の暮らしが続いていきます・・・

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ぶっちゃけ、被災者に必要なのは”お金”の一択。

もちろん、失われた人や家はもう二度と戻ってきませんが、
ゼロやマイナスからでも新しい生活を歩み出していくため、
まずは職と収入が確保されなければなりません。

しかし、自治体の緊急雇用ですら、
十万にも届かない給与しかもらえない現実があります。

震災後、全国で”祈り”や”願い””想い”が量産されましたが、
そんなものはちっとも現地に届きませんし、飯の種にはなりません。

もっともっと現実的な施策や支援が必要なのです。

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現地では神奈川県から派遣された隊のお世話もしましたが、
とりあえず、奴らのせいでどんだけ頭を下げたことか!

もちろん、参加者の皆さんは頑張り過ぎるほど頑張ってくれて、
被災地を助ける大きな力になってくださいました。

むしろ派遣元がグダグダなんだと思います。
現場からの要請を無視したり、被災地でニーズを拾うことしない団体が、
今さら「かながわから、私たちにできることを考える」とか、片腹痛いわな!

すでに2桁回数もボラバスを送ってるのに、現地とのパイプが無いとか、
ただでさえ他団体より練度が低いのに、なかなか経験を蓄積していかないとか・・・

このまま一週間説教をしても足りないくらいですが、それはまた別の機会に。

ただ、三浦半島も地震ヤバい認定を受けたというタイミングに、
県下レベルですら、まともな災害支援コーディネーターが居ないという、
恐ろしい状況を目の当たりにしたわけです。

これは我々の身近な危機だと思います。

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もう少しで夏休みも始まり、
何らかの支援活動に参加したい方も多いのではないでしょうか?

でも、この時期にしか時間がとれないというのは参加者の一方的な都合です。

ボランティアの需要はすでに落ち着いていますので、
現地からの情報発信をこまめにチェックして、
おしかけにならないようにするのが大原則です。

物品に関しても、バラマキの段階はとっくに過ぎていますので、
局地的な”足りない”発信に踊らされないようご注意ください。

ちなみに人海戦術でガレキやヘドロを片付ける段階の後、
次の支援のキーワードは”コミニケーション”です。

津波で崩壊してしまった地域の再生や、
被災者が寄せ集められる仮設住宅での新たなコミニティの構築を
遠方からどのように支援していくかが課題です。

これは今までのように身体一つで飛び込めばいいものでなく、
現地との綿密な折衝や、様々な準備が必要になります。

ワールドうんたらで
そのへんの知恵を出し合うのはいいことかもしれませんね。

個人的にはできるだけ多くの人に被災現場を見て欲しい、
大災害の悲劇を自分の肌で感じて欲しいという気持ちがあります。

きっかけは観光でもかまいませんので、
一度、東北へ足を運んでみてはいかがでしょうか?

変換 ~ DSCF3170

滞在中、私のチームだけでも万を越える参加者の仲介をしてきました。

たくさんの出会いと別れがありました。

皆さん、遠方より何時間も車を飛ばしてきてくれた後、
危険で汚い重労働を、嫌な顔せず手伝ってくれる方々ばかり。

本当にありがたくて、涙が出ることも多かったです。

私自身も早朝から深夜まで多忙に過ごしましたが、
そうした善意を繋ぐ仕事に負担は感じませんでした。

ただ、シビアに見れば支援活動に参加してくれるのは、
県民や国民の0.001%にも満たないのではないでしょうか?

もちろん税金等で皆が支援の負担を負うことになります。

しかし、精神的にも金銭的にも大きすぎる被害を被った人々が、
同じ国内に10万人単位で存在することを忘れないでください。

そして、機会があったら、是非、力になってあげて欲しいと思います。

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