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遠隔地からの災害ボランティア参加について

先週末から被災各地で災害ボランティアの活動が始まり、数多くの参加希望者が集まっているようです。


 >熊本県社会福祉協議会:災害ボランティア情報(第12報)


大型連休を控え、首都圏でも、一発助けに行ってやろうじゃないか!と目論んでいる方がいらっしゃるのではないでしょうか。

あえて、言います。「ちょっと待て」と。

今回は遠方からのボランティア参加について書いてみます。



● 災害ボランティアバスが流行しました

東日本大震災では全国各地から集結した災害ボランティアが活動を行いました。その数はなんと累計150万人以上とも言われています。


この数を支えたのがボランティアバスの仕組みです。遠方に住む個人がアクセスしづらい被災地に向けて、観光バスなどを仕立てることにより、大量の人員を送り込む作戦です。

自治体や社協だけでなく、企業や各種団体も独自のボラバスを次々運行、旅行会社が有料のボランティアツアーを組むことも珍しくありませんでした。

ちなみに石巻を海賊のように切り取ってくれた某平和の船が調子に乗れたのも、現地の受け入れ体制が整う前から、派手に募集をかけて、首都圏発のボラバスをガンガンぶち込んだ結果です。

我が地元でも「神奈川災害ボランティアネットワーク」が母体となり、実に360便を越えるボラバス派遣を行ったようです。



● ボラバスの功罪

実際、広範囲に及ぶ被災地では津波で堆積したへドロを掻き出す作業、特に重機の入れない家屋内の泥出しに多くの人手が必要でした。


これを処理するためには仙台や盛岡、近県の人員だけでは心もとなく、遠方からの駆けつけ支援は大きな力となりました。


ただ、良いことばかりではありません。

災害ボランティアで一番の問題は受け側で参加人数をコントロールできないこと。需要以上に人が集まってしまうと、助けは一転、現地を圧迫する重圧にもなります。

しかし、ボラバスの運行は参加者や送り手の都合を優先して、どうしても週末や連休に集中してしまいがちなのです。個人参加も含めて、皆が集まるタイミングでの参加は、本音を言ってしまうと、あまり歓迎できるものではありません。むしろ平日の方が嬉しいのです。

ボランティアの活動は被災者からの依頼に基づいて発生しますが、その時に相応の依頼に寄せられているとは限りませんし、そもそもセンターの仲介能力には自ずと上限が存在します。スタッフの人員、作業道具や広範囲に及ぶ現場への輸送手段の関係です。


もちろん、活動出来ない事があることは予め告知されていますが、受付終了で冷たく切れば済むという話でもありません。はるばるやって来た人たちはなかなか納得できないもんね。

受け側も皆さんの参加希望に応えられるよう努力して、なんとか依頼をひねりだしたり、街を走り回って大口の仕事を探してくるような対応をしています。

でも、これっておかしな話ですよね。

本来、被災地の要請に応える形のボランティアが、いつの間にかお客さんのようになって、被災地がその接待に追われる構図です。

センターによっては早々に活動を停止してしまうところも出てきますが、それは必ずしもニーズの充足を示すものではなく、現場がすり減って、もうボランティアは勘弁してくれと音を上げる事例も耳にします。



● 単発での災害ボランティア参加は有効か

水害では大規模な単純作業のニーズが発生しますので、その日、初めて参加した人も、いくらか体を動かすことでお役にたてます。


しかし、本来、参加者の活動期間は長ければ長いほど好ましいのです。

作業に手慣れ、派遣チームを指揮できる存在。現地の方々を関係を築き、ニーズを引き出すことが出来る存在。また、センターの業務に通じ、運営を担える存在。現地での活動はこれら長期参加者とリピーターによって支えられていたのが実情です。この層が厚くなれば、被災地での支援活動の質はさらに向上します。

単発参加のボランティア達が機能するのも、現地で上手くコーディネートされてこそ。ただ、やみくもに人数が集まればいい、人数が欲しいという話ではないのです。

ちなみに某KSVNには何度も要請を出しました。ボラバスより、1人でも、2人でも、スタッフ級を面接して、寄こしてくれませんかと。実際、該当する登録者には事欠かない状況だったはずです。


でも、やってくるのは、他のどこよりも遅く着き、早く帰って、対応スケジュールを乱すバス便。依頼者に記念品をせがんだり、昼食の余興に被災話をさせたり、現地での支持を聞かないことで要注意となってしまった神奈川バスだけでした。

彼らなりのルールや思いはいろいろあったみたいなのですが概ね内向きで、現地とのすり合わせをせず、フィードバックも受けないため、最後まで向上しなかったなという印象です。大田区バスのような素晴らしい活動連携の傍らで、なにかやらかすと「また神奈川ですか」と言われ、恥をかいたものでした。

鶴屋町のコーディネーターの中では、本来、手段でしかないボラバスの運行が、いつの間にか最も大きな目的にすり替わっていたのかもしれません。完全にバス屋さんになっていましたね。


その支援は被災地の状況やニーズをどれだけ汲み取っていたのか、ただ自分達の元に続々とやって来る県民の参加希望に応えることしか見えなくなっていたのかなと想像します。

さらに蛇足ですが、宮城よりもさらに遠い岩手にバス便を出すために、神奈川県は現地に専用の宿舎まで建設しちゃいます。確かに現地は人手を必要としているかもしれません。でも、それは必ずしも神奈川県民である必要はありませんし、我々はそこまでして岩手を目指す必要もないのです。

それでもって、肝心な活動はゴミ拾いやお茶会って・・・
災害支援のあり方として、やはり視野が狭かったと言っていいでしょう。



● そのコストに見合うのか

首都圏からのバスは、前日の夜に出発して、車中泊しながら現地に移動。当日に活動して、夕方帰路につき、途中入浴などを済ませつつ、また車中泊。翌朝になってやっと帰ってくるという実にハードなスケジュールでした。


ボラバスには補助金がついて、比較的安価に乗車できましたが、平時の高速バスを参考にすると、横浜から宮城まで往復1万円ほどの旅費でしょうか。それに加え、約36時間の身柄拘束。これも賃金で換算していくらになるでしょうか。往復飛行機だったり、現地の宿手配があると幾らになるでしょうか。


活動時間は基本的に9時ー4時の設定ですが、移動や手続きの時間、各種休憩などを除くと実質3、4時間も動けるかというのが、災害ボランティアの実働です。さらに、いざ現地にたどり着いても仕事にあぶれたり、雨が降って、何も出来ずに帰った参加者も数多く存在します。

軽作業の担い手として引っ張ってくるには明らかに高コストといえますよね。ぶっちゃけ、その支出でもって仕事を失った被災者達を雇った方がよほどためになったのではないかとも考えられます。

東北では未だに現地にへばりついて「まだまだボランティア参加が必要です」などと勧誘している平和の船もいますが、このように何年も継続するニーズが本当にあるのならば、現地の人員を雇用してしっかりケアすべきです。

災害ボランティアもまずは近隣で助け合うのが基本。せいぜい宿や食料、燃料を心配せず、楽に日帰りできる隣接県までというのがセオリーだと思います。

遠方からわざわざ駆けつけて活動するのは、その必要性故ではなく、参加者自身の好奇心や満足、経験のためなんだと自覚しなくてはなりません。



● 我々は九州に飛ぶべきなのか

だいぶ、寄り道をしましたが、我々首都圏の人間が勇んで九州に向かうべきかという話に戻ります。

現地の災害ボラセンが広報を重視していないせいで、いまいち状況がつかめませんが、例えば熊本市では1日5、600人の活動が続いているようです。


都市のど真ん中で受け付けているので、参加者は集まりやすいとは思いますが、体制が整っていないこともあって、ほぼ上限いっぱいで動いている印象ですね。1000人までかなという感じ。

今回は水害を伴わなかったため、ボランティアの活動内容は屋内の片付けや清掃、海区周辺の瓦やガラスの処理、物資集積所での仕分け等がメインになってくると思います

危険度判定が出揃っていないため、未だ本格的な活動に移れていないという話もありましたが、実際、赤紙や黄紙の屋内には入れないルールなので、あの被害を見て我々が想像するよりも対応可能なニーズは少ないと思います。

ポイントは県内に500近く存在する避難所への支援をどこまで踏み込んで継続するつもりなのかということ。現状でも多くの人員が避難所清掃などに撒かれているようですが、避難者からやることを奪い過ぎないほうが良いという考えもあり、加減は難しいですね。

そもそも避難所対応こそ、顔つなぎが大切で、継続的な参加が求められるものです。新参が入れ替わり立ち代り訪れても、かえって負担に思われることもあるだろうなぁと心配します。

どのニーズも時間経過とともに落ち着いてきます。そして、熊本県民だけで178万人、福岡県民は500万人が存在します。わざわざ遠方からかき集めなくても、1000人単位の人手ならば十分に調達することが出来るのではないでしょうか。

少なくとも、今のタイミングの渡航は控えるべきだと考えます。
現地からの「足りない」の声を聞いてからで決して遅くはありませんよ。



● ボランティア参加者数をコントロールすることが課題

ゴールデンウィークには殺人的な人数がボランティアに集まると予想されますので、今頃、現地はその対応に戦々恐々としていることでしょう。


ありがたいことに我が国には心優しい人間が多いですから、こういう時に人出が集まらないことは心配しなくても良さそうです。むしろ、過剰な分をどう抑制していくかが難しいのですが、現場ではせいぜい”県内限定”をかけることくらいしかオプションを持たないのが現実です。当日にならなくては何人来るかもわからない、行き当たりばったりの対応に日々を忙殺されることになります。


もし、1000人分のニーズに対して、きっかり1000人を集めることができれば、もしくは1000人の参加予定者のため、事前に1000人分の仕事を用意しておくことができれば、せっかくの善意を無駄にすることもなく、現場の負担もだいぶ減るはずなのですが。

社協はボランティア集客に苦労する平時の感覚を引きずっているのか、気軽な当日参加の足かせになる予約制には乗り気でなく、少なくとも新潟の時から指摘されるこの問題に解決策を見出していません。

簡単なホテル予約の仕組みで事足りるはずなのですが、防災科研でも作らないのかな。この際、Google様あたりに災害ボランティア参加の予約システムを提供してもらいたいですね!いいかげんに!



● 誠にありがたいことではありますが

まとめると、需要以上に集まるボランティア、特に遠方からの単発参加に関しては、必ずしも効果的な支援ではないよというお話でした。

しかし「沖縄、北海道からぶっ飛んできました」とか「車で~時間ずっと走ってきて、これから同じように帰ります」みたいな輩は、まぁ気合からして違いますし、実際、良い仕事もするし、こっちが感動させられることも多々ありましたよ。ボラバスの参加者達もしんどいだろうに、よく頑張ってくれました。そういう気持ちは被災者にもきっと良い形で伝わるのかなと感じます。


よく「ボランティアは誰かのためにするのではなく、自分のためにさせてもらっているのだ」等としたり顔をするオッサンがいますが、これはカッコつけた謙遜の言葉でなく、ガチなのだと思います。被災者支援の建前の下で、災害ボランティアが参加者のための活動になっている面も決して否定はできません。


でも、つくづく非効率な自己満足だったとしても、活動した分だけ被災地に成果を生むのは間違いありません。また、活動で何かを学び、それをきっかけに、将来、誰かの役に立つことになれば、十分に元はとれます。

言葉は悪いですが、被災地の風景を教材として、アクティビティの舞台として、人々の意識を高めることは国としてプラスなのかも知れません。

ただ、参加のハードルがあまりに高い時は無理をセず、チャチャッとお金を送ることも大きな支援になることは覚えておいてください。


amazon様の”災害ほしい物リスト”は役立ちます

前回の記事で、支援は物でなくお金にするよう書きました。


しかし、義援金口座にいくばくかを振り込むことと、懸命にかき集めた食料や衛生用品等を現地に送ることを比べると、後者の方が、なんとなく”助けた感”が高いような気がしませんか?


むき出しのお金を下品とするような日本文化もあるのでしょうが、気持ちを物体に変え、被災地へ発送するという作業を経ることで、自分も支援活動を行ったという手応が得られるからかもしれませんね。


実際、被災者は様々な物を必要としていますが、問題はその物品を調達できないことよりも、誰に、何を、どのくらい、どうやって、届けるかという情報や物流のシステムが構築できないことの方が深刻です。

故に、送り手の気持ちとは裏腹に、物を送る個人支援はなかなか上手く機能しない状況があります。

そんな中、amazonを経由した物品支援の仕組みは、被災者と支援者を繋ぐ非常に有効な手段といえます。


 >amazon:熊本地震災害ほしいものリスト



● 導入のハードルは意外に高いのかも


もっとも、なかなか上手くは運用されていない状況があります。

 >毎日新聞:活用されず、アマゾンのほしい物リスト

「活用されず」じゃねーよ!されるように広報するのがお前の仕事だろ!とツッコミたくもありますが、実際、東日本大震災においても、上手く使えた組織は限られていました。


たしか開設のきっかけはamazonからの案内だったように記憶しています。大前提として連絡先が公開されていなければ、こうした民間からの支援情報が得られにくい状況が、避難所等での利用が広がらない原因でもあります。


まず、知らなければ始まらんという話なのですが、公式のマニュアル外にあるものは、案内を受けた偉い人が、IT音痴だったり、仕組みを理解できなかったりした場合も、そのまま闇に葬られてしまう可能性が高いですね。

アカウントを登録して、ページの体裁を整え、数多ある商品の中から欲しいものを探してリストに載せる。これらは全て現地任せです。


平時の我々からすれば、何の事はない作業に思えますが、被災地の現場で管理や支援をされている方はめまぐるしく動いているため、ちょっとした時間すら取れず、メンテナンスの余裕がありません。

そもそも、落ち着いてPCに向かえる環境にあるのかどうか。夜中にスマホでチマチマやるしか無いのか。電話でざっくり概要を伝えると、作業を代行してくれる支援があってもいいですね。

きちんと機能して以降は、その便利さに落涙必至の仕組みなのですが、そこにたどり着くハードルは依然として高いのかもしれません。



 目下、炎上中ですが

 

ゴゴ通信:熊本市龍田中学校がアマゾンほしい物リストで600万円分をおねだりして炎上


東日本大震災の時も、やはり避難所系のほしい物リストは評価が荒れました。必要数が明らかにどんぶり勘定だったり、高額商品をやたらリストアップした組織もあって、これはさすがに甘え過ぎではないかという意見が多く寄せられました。


平時の買い物と違って、値頃感やスペックを細かく吟味している余裕が無いという側面もありますが、管理者のモラルや意識を容易に反映してしまうリストでもあります。

リストは必ずしも適任者が管理としているとは限りませんし、避難所にいる人は自らの所有物の多くを失った方々です。身銭を切らずになんでも買ってもらえるシステムを前にタガを外さない方が難しいのかもしれません。

まずは求める物品の優先順位を考える必要があると思います。広く支援を訴えるに際して、ある程度の公共感覚も求められます。もしかしたら受益者が直接管理するのではなく、第三者が聞き取りに基づいて、代行していく方が良いのかなとも思います。

しかし、無味乾燥なリストの形ではなく、たとえば、”震災で家を失ったカメラ女子が、愛機の代わりを欲しがっています。それで避難生活やふたたび立ち上がる街の姿を少しでも記録しておきたいから・・・みたいなストーリーがつけば、届けたくなるカメキチも出てくるじゃない。


メトロノームとか部活の備品などは後で学校の予算で買い直せますし、今、急いで届ける必要もないと思います。ただ、皆で観ることの出来るテレビやプロジェクター、情報を得るためのPCやモバイル等は需要もよく分かるのです。あの劣悪な環境に詰め込まれたままの子供達に、せめてゲームで気晴らしをさせるという措置も必要で、ケアのあり方としては全く間違っていません。


諸々を失った人々が生活を立て直す際に欲する物品は、言ってみれば身の回りにあった全てです。それと避難民の求める物資はこういうものであるべきだという我々のイメージが、必ずしも上手く擦り合わないケースなのかもしれませんね。


気軽に買えないからこそ、支援が必要とされるのかもしれません。贅沢というのはちょっと違いますし、家財を失った人が、この手の支援で焼け太りすることなどまずありえません。もう少し背景についての発信をできていれば話が違ったのかも知れませんね。


なお、この仕組みにおいてはリストにあがった物品のうち、自分の好きなものを選んで好きな量だけ支援することが出来ます。支援者はほしいものリストや、避難所を叩くのではなく、ちょっと違うなと感じるものは購入しない自由でもって、意見を反映してもらえば良いのかなと思います。



● ほしい物リストは大活躍しました


熊本のリストに加圧靴下などが載っていて、なるほどなと思いました。行政の支援物品というのは水や食料、衛生用品など、基本的な物品をまず充足させることに主眼が置かれているため、そこから外れた細かなニーズには対応できません。


状況が落ち着いてくれば、支援品もそれなりに拡充されますが、大多数は我慢して我慢して、動き始めた店舗での自己調達というオチになるはずです。皆が買い物に行ける手段や資金を持っているわけでもありませんから、ほしい物リストの仕組みはかなり有用だと考えます。


また、ボランティアセンター等ではコピー紙やら、付箋やら、ガムテープやら、毎日エグい数を消費します。もちろん、母体である社会福祉協議会が、これらを随時調達してくれるのですが、お役所仕事なので、まぁ動きが鈍い。予算は十分降りるのに、必要な時に使えないこの歯がゆさ。


仕方なく、スタッフらが身銭を切ってコメリに走ることで、翌朝、空の倉庫に不思議な奇跡が起こっているという流れだったのです。それでも買い物するお店や時間の余裕があればまだマシで、土のう袋や特殊な装備等、地元で売り切れた商品もどうにもなりません。


そこへきらびやかに降臨したのが、amazonのほしい物リスト支援。
このアイデアを出した人は実に偉大ですね。

おっかなびっくり申請したリストが、瞬く間に処理されていき、早ければ翌日に届いてしまう!

スカスカに入った大量の段ボール箱とともに!


現場ではものすごく助かりましたし、

私はこのリストの向こう側に大勢の名も無き善意の神様達の姿を見ましたよ。



 ほしい物リストをもっと活用して欲しい!

amazonの災害ほしい物リストは


送金は味気ないと考える支援者にオプションを提示できること
被災地が本当に欲しがっているものを過不足無く提供できること
物品調達の正規ルートにある隙間を埋めることが出来ること

豊富な品揃えと驚きのレスポンススピードをもつこと
被災者、支援者共に労力を大きく削減できることなど

非常に有用な仕組みだと考えます。


非常時にはこのように既存の優れたたものを拝借して、対応に当たるべきです。官製で物資供給システムを構築するより余程使えると思いますよ。


運用の前提として、まずは宅急便が動いていること、被災地の混乱がおさまって、受け手が安定した組織運営に移行していることが挙げられます。

まだ、ちょっと早いタイミングかなとも思いますが、炎上騒動で誤解すること無きよう。皆様もこまめにチェックいただき、実効性のある遠隔支援につなげていただければと思います。

震災支援の覚書

九州が大変なことになっています。


甚大な被災状況を見ているうちに、自分も何かしなくてはと思い立つ方がたくさんいると思います。


遠方に住む我々はどうしたら役に立てるのでしょうか?

私自身は被災経験がありませんが、被災地での活動に何度か関わったことがありますので、一般個人の動き方について、注意点をまとめたいと思います。


覚えておきたいのは”支援”や”善意”を名目に、勝手な行為を押し付け、被災地の邪魔をしないということです。



1.被災地にアクセスしない

安否確認も、言ってみれば、自分が安心したいだけの行為です。相手に連絡の余裕があり、あなたに安否を伝える必要を感じるのなら、先方からかかってきますので、まずはそれを待ちましょう。


昼夜対応にあたっている自治体や公共機関へは特に、状況確認等で個人レベルの問い合わせをするのは厳禁です。

これは電話や通信だけの話ではなく、道路やガソリン、市内の商品に関しても、例えば、知り合いの様子を見にちょっと出かけるような行為で圧迫されます。


落ち着くまでは、現地のインフラや対応人員に極力負担をかけないよう、外部からの優先順位の低いアクセスは控えるよう心がけてください。


また、情報によっては拡散が即ち助けとはなりません。特に被災地から離れた遠方では、不確かであったり期限切れだったりする情報が独り歩きしながら拡大してしまう可能性が高いです。これは時に混乱を誘発する事にもなりますので、協力してる体でSNSの情報を中継するのも自重しましょう。


我々は不用意に触るべきではありません。



2.物資は送らない

新潟以降、繰り返し言われていることですが、小口の支援物資を送ることは絶対にやめましょう。

被災地にはいちいち中身を確認して、細かな要望にマッチングしていくようなシステムも人員もありませんので、ただただ集積地に積まれていくゴミになります。これらは現地の物流体制も圧迫することになり、本当に必要な物品の流通を阻害することがあります。


あなたの送る荷物は役に立つ以上に、迷惑になってしまうのが実情なのです。


現場では物が調達できなくて困っているのでなく、届けられずに困っている問題の方が深刻です。供給体制は大口を中心にして、極力シンプルであるべきです。


また物資提供企業の支援活動を助ける意味でも、自分たちの地元の市場で、不必要な買い占めに加担してはいけません。大災害を見るといろいろ備蓄したくなりますが、今は我慢です。



3、ボランティアに押しかけない

ただ現地に行けば何かの役にたてると思ったら大間違い。適切な仲介がなければ、あなたは不審者でしかありません。また、気まぐれに集まる人員は、受け入れ先にかえって大きな負担を強います。


災害ボランティアの一般的なイメージとして、被災瓦礫を片付けたりする活動が思い浮かびます。今まさに必要だと思うかもしれませんが、実際は崩れた家屋を人力で片付けたりすることはまずありません。せいぜいお掃除レベルの活動で、ほとんどが重機のニーズとなります。


被災現場で装備も技術もない素人が数時間で出来る作業など、たかが知れており、その必要性は決して高くはありません。出番があるとしてもまだまだ先のことだと思います。まずは地域内で余裕のある人に動員をかけて、諸々のサポートをしてもらう方が地の利的にも適しています。


外県人は募集を待って、おとなしく準備していましょう。



4、送るならお金

それでも、なにか力になりたいということならば募金一択です。


気持ちが盛り上がっているタイミングで、ドーンとやってしまうのが良いと思います。


宛先は被災自治体、日本赤十字、社会福祉協議会、日本財団。

個人や小さな団体よりも、実績のある大口に託したほうがロスは少ないです。


募金しても上手く使われないじゃないかと心配される方は、必要なものを必要な人に届けるために要する多大な労力を理解されていないと思います。それは無駄ではなく、必要なコストです。


実際、復興資金がロクでもない筋に吸われる例はあります。小さな自治体は特に、首長や担当の当たり外れで状況がガラリと変わってしまいます。なんとも口惜しい話ですが、それら含めて、被災、不幸だということなのです。


結局のところ、他のどんな支援の形よりも、募金の効率が一番だというのは間違いありません。



5、テレビを観続けない

災害の範囲が拡大していく中で、我々も最新の情報をチェックすることは大事ですが、一日中、震災番組を見続けることは避けましょう。

災害映像によるストレスや共感疲労等で、本来被災と関係のない、遠方の視聴者までもが、心的なダメージを受けることがままあります。東日本の時の首都圏の買い占め騒動のように、不安から、余計なパニック行動を誘発したりもします。


ショッキングな光景から目が離せないのもわかりますが、意識的にこうした番組を遠ざけるよう、心がけてください。

マスコミに関しては、各社協力して派遣人員を整理できないものでしょうかか。実際、被災地において配慮のない言動ばかりが目立ちました。


よりインパクトの大きな被災状況や不幸を探しにくるだけで、同じ町内でも、ごく一部の際立った状況しか伝えませんから、報道から町全体の状況を俯瞰することは出来ません。


また地元紙であっても、予め自分の書く記事の内容を決めてから、それに沿った素材を集めに来るだけの取材も多く、これも実際の状況とは乖離していることを感じました。


”~では~が足りず”的な情報も、全国に飛ばすべき話ではなく、かえって被災地で混乱を巻き起こすような事例もありましたね。

災害報道は必ずしも被災地の欲するものではなく、遠方のお茶の間に届けるエンターテイメントであるのかもしれません。


現場の状況は時間単位で変わっていきます。

支援のソースとしても、あまり有用ではないと思います。



6、祈らない

まもなく、地震支援をお飾りにした諸々が立ち上がってくると思います。これらにはなるべく関わらないに越したことはありません。


何をしたら良いか分からない人々が、遠くで、とりあえず手探りで始めることにロクなものはありません。


支援は”自分達にできること”をするのではなく、相手の欲することをしなければなりません。キャンドルを灯すイベントを立ち上げる労力があるのなら、お金や目に見える形での支援を模索した方がずっといいと思います。自分達の気持ちを落ち着けるために必要というのならば、それも仕方ありませんが、我々が遠くで祈ることで、実際に助かる人は一人もいません。


また、子供に書かせた寄せ書きや千羽鶴も、現場では捨てるに捨てられないやっかいなゴミになります。私も数多くを読みましたが、書かされてる感の漂うテキトーなものが、なんと多いことか。これでは音頭を取った人間の自己満足しか満たせません。


仮に相応の熱意を込めたとしても、自分達の気持ちや言葉、アートなどの力で、大きな不幸を負った人々を癒せると考えるのならば、それは甚だしい思い上がりだと思います。


実際、彼らに寄り添ってみれば掛ける言葉など見つかりませんから。


幾ばくかの力になりたいのならば、とことん現実主義であるべきなのです。



今のところ、被災していない我々は、いくら気をつけても行動の背後に平時平和の感覚を背負っています。同じく被災対応でも最前線と、市や県、国と、距離が遠くなるほど温度差やすれ違いが生まれてしまうものです。


いわば、異世界、異文化の衝突のようなもので、これらの無神経は当事者を傷つけます。今は不用意に持ち込まないことです。


すでに復旧復興の主役たちは現地で大活躍されていることと思います。毎度のことながら、ただただ頭が下がります。


今、遠方の我々の出来ることは、自分自身の日常を滞り無く維持して、被災地を支える盤石となることだと思います。身近でやっかいを起こさず、お金や人員の応援を出す余裕を作ることです。


支援に関しては、今後、先方から出されるであろう要望に対し、忠実な形で応えるという流れで、決して遅くはありませんから。

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