恰幅の良い彼のblog
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恰幅さん、これからどうすんのよ? 【10周年⑩】

皆さん、やっと最終回です。

当初は1記事にまとめるつもりだった振り返りが、
10週年だから10本だねっつーことにしても、まだ収まらねぇ!

お前はどんだけグチを語りたかったんだと、
自分でも大いに呆れつつ、書いておりました。

ちなみにこのラストだけは、事前の下書きを用意せず、
成り行きのままに新機軸などを織り込んだ今後を綴る予定でした。

いろいろと振り返っていくうちに、
サイト運営の面白さを再認し、初心を取り戻して、
サボり癖と決別するような、輝く展開を想定していたのです。

結果、

そんな気はさらっさら起きず!

つくづく割に合わねぇ作業だなぁという、
逆方向の思いを燻らせただけに終わりました。

そんなわけで、最終回は穴埋めとして、
サイト運営者としての日々をお話しようと思います。

読者から寄せられる幾つかの疑問に答えられるかもしれません。


「恰幅の良い彼」もだいぶくたびれてきましたが、
メインサイトは毎月2桁件数の記事更新が続いています。

ただ、近年は持ち帰り品もとり混ぜるようになったので、
ネタ集めは、月に3、4日を当てる程度で事足りている状況です。

家内の事情で、県外へのお出かけ機会はだいぶ減り、
チャリンコ圏内を一人でパーっと回ってくることが多くなりました。

普段の生活の中で撮影出来なかったお食事や食品も多いのですが
実をいうと、我が家は外食よりも自炊の方が圧倒的に多いのです。

貧乏故にエンゲル係数は高いですが、食事の質は極めて平凡で、
きっと皆さんが思われるほど、グルメブロガーな毎日ではありませんね。

単に日常を記録に残しているか否かの差なんだと思います。

もっとも、糖分は明らかに摂り過ぎなのですが・・・


情報収集に関しては、RSSリーダーに入ってるサイトが200強。
東京をケアしなくなったので、これでもだいぶ減りました。

お店は、もちろん街歩きをしながら自らピックアップもしますが、
用事や外出に絡めて「食べログ」で検索することが多くなりました。

その他、皆さんから寄せられるオススメ情報や、
ブログで拝見した宿題店などがフォルダに山と溜まっており、
おそらく生きているうちに回り切るのは不可能な数かと。

それはそれと割りきって、不義理をしつつ、
その日のなんとなくの気分で行き先を決めています。

よく”汚いお店が旨い”的な店選びの秘訣を聞きますが、
単に汚いだけのお店も多く、あてにはなりませんね。

お店選びに関しては、
実際に入って食べてみなければ分からず、
参考になるセオリーは未だ見つかっておりせん。


食の記事は実際にお店で食べたり、買ったりしなくては書けません。
自分の才気だけで、どんどんリリースできないのが辛いところですね。

ネタの仕入れに要した資金や時間を
ペイできるほどのリターンはありませんから、
金銭的にはどうしても赤字続きの収支となります。

個人のサイトがあるレベル以上に拡大しないのは
自分の胃袋と財布の容量に縛られているからだと思います。

もっとも、持ちだしと言っても、日々の食事の一部なので、
ことさら贅沢しなければ許容の範囲内なのかなとも思います。


大変なのは、やはり記事を書くパートで、
”ながら”作業ではありますが、
毎回、何時間も取られてしまいますね。

熟練して早くなるかと思えば逆でした。

昔と違い、ある程度のフォーマットを固めてしまったため、
ろくに内容がない箇所をひねり出すことに、すごく悩むことがあります。

その割に記事がレベルアップしたわけでもなく。
ただ自分の掘った泥沼にはまっているだけという体たらく。

3千軒のお店やお料理はそれぞれ全く異なりますが、
3千本の記事がそれぞれ全く異なるかというと、
語彙なり表現なりの貧弱なバリエーションのでせいで、
どれも似通ったツマラン内容になっています。

そういうのをダラダラ打ちながら、
自らの才能の低い天井をこすり続けるわけで、
そりゃストレスも貯まりますわな。

んで、自分が読み手になった際には、
写真をバーっとチェックするだけで、
文章なんかまともに読んでないんだからな。

そもそも、こうした悩み自体が、
分不相応で無為なことかもしれません。


記事書きは月に数回、気が向いた時にまとめて行うため、
訪問日と執筆日、公開日にだいぶ時間が開くことが多いです。

ちなみにストックの中で一番古いのは2年前の・・・

これは良かれ悪かれで、
情報が古くなる欠点もありますし、
寝かせたものを後に落ち着いて推敲できる利点があります。
また、更新時の店舗構成をバラけさせることも可能ですね。

現地で細かくメモをとったりもしないため、
いざ書く際に色々忘れていることも多いのですが、
それでも消えずに残っている印象が、感想の軸になってきます。

例えば、具体的な値段を書かない等
幾つかのマイルールがあり、それなりの理由もあるのですが、
今思うと特に拘る必要が無いものも多いですね。

無意味に縛られたり、ルーチン化せず、
もっと自由なスタイルでやったほうが良いんだろうなぁ。


昨今はブロガーもデジタル一眼のカメラが主流ですが、
私はずっとミドルクラスのコンデジを使ってます。

一応、明るめのレンズを選んではいるのですが、
主に携帯性と経済性を重視しています。

ボットボト落とすので、怖くて高いの買えないのよ!
まぁ買うお金も無いんだけどね!!!

なお、お店ではいちいち撮影の許可を取りません。

宣言しちゃうと双方とも無駄に緊張した空気を醸しますし、
あえて眠った虎を起こす必要もないのかなと思います。

読み手として、写真が多いレポは大歓迎なのですが、
私自身は撮影よりもお食事を優先して楽しむことにしています。

お料理が卓に届いてすぐさま1、2枚をやっつけちゃう。
カメラの設定などにも拘らないため、ものの数秒で終了です。

個人的には諸々弄った美麗な写真が好みではありません。

飾らない姿を写して、お料理そのものの放つ魅力でもって、
皆さんに伝わればいいなと思います。

露出やホワイトバランスのような基本調整に関しても、
暗かったり色味がかっていても、お店で見えるそのまま、
実際の食卓を再現するような写真が最善かと考えます。

汚い写真はお店やお料理に失礼じゃないかという人もいますが、
正直言っちゃうと、そいつがことさらに美しく飾りたいのは、
自ブログや自分の生活なんじゃないかと思うこともありますね。


ブログではあらゆるものがネタになります。

でも、調子に乗って何でも書いているうちに、
自分の生活の全てが流れ出してしまうような感覚があり、
あえて露出させない部分も確保して、プライベートを守っています。

交友者はご存知でしょうが、
恰幅の言動は私の実像と異なる部分もあり、
もはや仮想人格のようになっている気もしています。

まぁ、それはそれで面白いかなと思ってます。

よく「~で恰幅さんを見かけました」なんてコメントをいただきますが、
たいていは心当たりがなく、肥満体である等の情報から、
読者それぞれが思い浮かべている恰幅像もあるのでしょう。

逆に、普段、関わりの薄いような場所で、
なぜかズバリ当てられたこともあったりという不思議。

さすがにこれだけの量を発信していると、
記事の中には私に関する様々な情報が紛れ込み、
そこから自分でも気づいていない実像を読み取られていることもあるかもね。

とりあえず、中の人に会っても、声はかけないでくれ!
すげー恥ずかしいんだから!


お店の評価に関しては、本当に悩みます。

”感じ方は人それぞれ”が、もはや定型文にもなってますが、
私は自身の感想をあえて確固なものとして表現しています。

想像で書いている部分も多いため、いろんな事実誤認もあるでしょうが、
その時の想いだけは、私にとってまぎれもない真実だからです。

諸々、突き詰めていくと、
個人ブログにはこの”私見”という要素しか残らないんじゃないかな?
そこを曖昧にごまかしてもしょうがないと思うのです。

もっとも、後で読み返して、なんでこの点数なのかよく分からんことも多く、
同一人物による評価ですら標準化は出来ないことも思い知っています。

そんな不確かなものならば、あえて芳しくない評価を書いて、
お店に迷惑をかけるべきでないというご意見もあります。

これは非常に難しい判断ですが、
我々はお店だけでなく、読者に対しても誠実である必要があると思うのです。

わざわざ読みに来てくれる方に対して、
忌憚ない感想をお届けするのも大事な役割だと考えます。


サイトを始めた当初はコンテンツが増えるほど、
運営は楽になると考えていました。

掲載店が10倍になれば、検索機会も10倍になるはずだったのですが、
実際はネットの情報にも消費期限があるようで、
相変わらずの自転車操業が続いています。

うち程度のサイトでも、
”大手”とか”有名”なんて肩書がくっつことがあります。

初めは嬉しかったですが、実情はこんなお寒いもんなので、
目くじら立ててベンチマークするほどのもんじゃありません。

もっとも最近はそういう鍔迫り合いもとんと見られなくなりましたね。


東京の華やかさに心躍った青春が終わり、
地元でしみじみしちゃうような中年期を迎えたこと。

不景気や日常回帰を背景にした
庶民派グルメ再評価の流れにもハマったのでしょう。

なんも無ぇ!と侮っていた近所にも、実は多くの良店が存在し、
自らの狭視野を知った、このリディスカバリ。

身近な盲点であるほど、驚きや興味も大きくなるようで、
予想に反し、むしろ地元の方々に喜んでもらえるサイトにもなりました。

最近はクソ貧乏なことあり、
横浜グルメのメインストリームにはかすりもしませんが、
無理に背伸びをせず、自分のすぐ近くにあるもの、
生活に密着した範囲の話をする方が実感が乗る気がします。

私のように感性も筆力も鈍い人は特にそうですね。


このシリーズで延々とグチを書いてきましたが、
ここ数年は面白いと思うことよりも辛いと思うことが多くなりました。

きっぱりと止めちゃえば、すっきりするんですけどね。

一方で、ここまで蓄積したものをスパっと捨てさる勇気もなく、
惰性での更新が続いているような状況なのです。

ここで”どうすんのよ”という表題に戻りますが、
きっと、この先も、スリ潰れるまではこんな調子が続くのだろうな。

夢も希望も無ぇなぁと思うのですが
逆に、ずっと満たされていないからこそ、
何かを求めて、続けることができるのかもしれませんね。

そんな感じで、なんともしまらないラストを迎えましたが、
これにて恰幅の良い彼10週年記念の食ブログ雑記を終わります。

全部読んでくれた方は少ないでしょうが、
長々お付き合いいただきありがとうございました。


◀ 10周年雑記 ▶
10周年のご挨拶
サイト作りを失敗しました
食情報の空白がなんとな~く埋まっていった話
ブログブームに踊って
やっぱプロにはかないません
目標を見失って・・・
そして誰もいなくなった・・・
飲食店てクソ大変だな
つぶされちまった、食べログに
恰幅さん、これからどうすんのよ?
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つぶされちまった、食べログに 【10周年⑨】

個人ブログ界隈は、総じて衰退傾向にあるようです。

かろうじて残っているのは、自らコンテンツを持つ半プロ以上の方々で、
彼らが読者と直接つながれる場としては、それなりに活用されるでしょう。

ただ、ネット論壇の面子もマンネリで、
あんまり新陳代謝しているようには見えませんよね。

そこらの素人がこじらせた規格外の面白みという
私の好きだった文化は、結局、育たなかったのかな。

確かに書き手の得られる対価の中から、
発信欲求やコミニケーションだけを切り取れば、
LINEやツイッター等、より簡易な媒体でも発散できちゃうんだよね。

私もチョロチョロつぶやいている間に、
サイト更新のモチベーションを吸われていくのを実感しています。


こと食レポの分野においては、
巨人「食べログ」の存在があまりに大きいです。

もはや街のインフラといっても過言ではありませんね。

私自身、新規のお店を調査する際は、
どこぞのブログではなく、もっぱら「食べログ」の検索です。

サイト管理者としても、お店の情報はいちいちメンテできず、
すべてが揃った「食べログ」にリンクを飛ばして代用してもらってますし、
宿題フォルダも食べログページのリンクでずらり埋まっている始末。

そうして「食べログ」の利用が日常風景になってしまえば、
あえてブログを立てるより、その中へレビューを書く方が自然なんだろうな。

様々な人間が多様な記事を書くブログも面白いのですが、
こちらが求めていない雑音も多く含まれますね。

単純に情報を探す立場からすると、統一されたフォーマットの中で、
食情報だけを抜き出して分類された方が、よほど利便性が高いのです。

店内で思わぬ出会いが楽しめる書店と、
欲しいものにダイレクトなAmazonの対比みたいなもので、
結局、Amazonが便利で安いみたいな、小書店のボロ負けです。

気になっていた飲食店の情報が、
まず世に出てくるという価値の段階から、
膨大な情報を整理抽出する価値の段階へ進んだということかもしれません。


しかし、あの「食べログ」がここまで育つとは!

当初は「東京グルメ」からの良質なレビュアーを抱えた、
「ライブドアグルメ」の方がだいぶん先行していましたよね。

「食べログ」にはお店の登録はあっても、肝心なレビューが一つも無い。
そこで、うちのような個人ブロガーの記事を抱え込むような動きで、
推奨でおだてたり、移行を代理するような引き抜きのオファーもありました。

でも、勝利の決め手は写真対応で先手を打ったことかもしれませんね。
デジカメやケータイカメラの普及に合致した流れをしっかり掴みました。

今では写真無しの食レポなんて考えられないからなぁ。
百聞は一見に如かずというポイントが核の一つになったのかもしれません。

その他、サイト設計のパクリだったり、荒っぽい拡大姿勢も見られましたが、
重鎮レビュアーも含め、体制が熟していたライブドアを尻目に、
ガンガン攻めていけたのが後発の強みだったのかも。

時を同じくして、グルメ評価サイトはいくつも立ち上がりましたが、
異なる視点やサービスが切磋琢磨する状況よりも、
巨大な一つに情報を集る利点の方が大きかったと思います。

評価アルゴリズムには未だ不満も多く出ていますが、
個によるばらつきも、母体が大きくなるにつれ妥当な着地点へ落ち着くもの。
この先、しばらくは「食べログ」盤石という気がします。

かつて、新良店発掘などはブロガーのステータスでもありましたが
プロ記者の取材力が、ブロガーの多人数にかなわなかったように、
さらに大きな食べロガー集団が、ブロガーの優位を終わらせましたね。

今や、こんなお店が!という超マイナーにも
しっかりレビューがついていて、驚かされることもしばし。
首都圏の店舗情報に関してはほぼ網羅できているような印象を受けます。

これに個人が対抗していくことは不可能で、
もう我々が鼻息荒く頑張る必要は無くね?って思っちゃうのです。


一方で、食べログが食ブログ界隈の楽しみを、
全部吸い上げているかというと、そうでもなさそうなんだよね。

まず、発信の原動力となる自己実現が難しいことが挙げられます。

ブログが書き手を核とした情報の集積であるのに対し、
「食べログ」はお店単位でバラされたパーツの集まりです。

どんなに面白く書いたレポも綺麗のとれた写真も
平坦なリストの中にぶっこまれてしまうことで、
書き手の色は薄まってしまいます。

もちろん、一部の先行したキチガイの名は、
嫌というほど目につきますが、今さら始めて、
そこに加わっていくのは至難でしょう。

一応、ランキングや慣れ合いのシステムもあるようですが、
どれもあまり上手く機能しているようには思えず、
食べロガー達のモチベーションの源泉は良く分かりません。


レポに関しても、書いてて面白いのかな?

俗に”食べログ文学”といわれるレビューが晒されていますね。
飲食店に関係ないような日記やポエム要素などは、
聞いてねーよ!っつーことで場違いとされるのは分かるのです。

でも、それを突き詰めていくと乾いた点数しか残らないんだよね。

食レポ要素に最適化された記事というのは、
やはり書き手の個性を奪うように思えてなりません。

そもそも自分語りなんて、ブログの中ならば普通じゃん。

さらに投稿内容にクソ理不尽な検閲までつく始末で、
日頃、自由な発信をしている我々には窮屈に感じますよ。

”ちょっと聞いてよ”には2種類のきっかけがあって、
一つは素晴らしい経験を共有、自慢したい気持ち。
もう一つは文句を言ってやりたい気持ちです。

商業サイトとして、トラブルを回避する事情で、
後者を極力排除していく流れはわかりますが、
お店の実像を示す意味では両者揃わないのはおかしいこと。

ネットでもマスメディアでも、
口当たりのいい話しか流れないようになったら、
その社会は素晴らしいのかというと、逆に気持ち悪いよね。


自ブログへの導線確保のためなのか、
気が付けば、数多くの食ブロガーが、
食べロガーしても、かけ持ちをされています。

ただ、少なくとも私はサイト運営活動の代替として、
食べログに移行することへ進化や未来を感じておりません。

ブログも途中で辞める人ばかりですが
勢いを感じる食べロガー達も実際はかなり短命なのかもしれませんね。

ただ、そうした早期脱落者のチョロ記事を、
決して手離さず、データベースへ貯めこむことで、
今日の大山を築いているのかも。

利用者としてはお世話になりっぱなしの「食べログ」ですが、
資産であるところのレビューをいかに書き続けさせるかという部分、
もうちょっと頑張ってほしくもありますね。

あと、スマホ有料やめてくれ!


最後に飲食店を評価することについて触れたいと思います。

調理や飲食経営の基本も知らない我々ですから、
本来は評価なんておこがましいことではあります。

味の感じ方は人それぞれだし、
その時々によって、料理の状態も変わる。

我々が普段、記事への異論に対して
口を酸っぱくしながら語っている逃げ口上です。

しかし、人それぞれと言いつつも、
食サイトや食べログがこうして成立しているのは、
やはりどこかに概ね共通する評価軸があるからなのだと思います。

お店の評価において、中心となるのは料理で、
誰もが、その味を問うているつもりになっていますが、
もしかしたら、それは必ずしもメインじゃないのかもと思うようになってきました。

例えば、「食べログ」の低評価は味や値段でなく、
ほとんどが接客対応のトラブルに起因するものです。 

確かにどんな美食もトゲトゲした中で食べらばおいしくありませんし、
逆にイチャイチャしながら食べる彼女のつたない料理は最高じゃん?

知らんけど!

とにかく、味覚というものはだいぶ曖昧で、
場の影響を受けやすいものなのだと感じています。

単純にどちらが良く味覚を刺激するのかという話ではなく、
もっと包括的な食事経験の満足を、お店や料理の評価として、
気づかずに語っていたのかもしれません。

もちろん今も、店の雰囲気やサービスを問う要素が組み込まれています。
しかし、イベントなりトラブルなりが発生しなきゃお店の対応力など分かりませんし、
たまたま隣席に座った人によって、食事の雰囲気などあっという間に変わるもの。

これらは料理以上に評価のしづらいポイントですし、
皆も言うほど気にはしてなかったのかもしれませんね。

それらに加えて、お客がそのお店に至るまでのストーリーや、
食べ手のコンディション、状況みたいなものも大きく影響してきます。

勝手に期待を膨らませといて、
それほどでもなかったというのは、お店のせいでは無いし、
そのお店で食べることが長い夢であったみたいな満足感があったり。

案外、余計と言われる自分語りの中に、
評価の共有に際しての、重要な情報が含まれているのかもしれませんよ。

結局、その人が幸せに食事できたのかどうかの記録なんだと思います。

飲食店てクソ大変だな! 【10周年⑧】

皆さん、ご存知の通り、
私のサイトは飲食店への感想を記したものです。

中には地域情報が役に立ったとか、文章が笑えるとか
それ以前にお前は太りすぎだ等と、評価してくださる方もいますが、

仮にサイトから飲食店発の要素を全て取り去った後、
そこに残る価値は中国人が床に放り投げる鶏骨ほどのもので、
実体は飲食店に寄生するだけのシケた存在なのです。

時折、お店紹介を感謝されることがありますが、
本当に礼を言われるべきなのは、自らリスクを負って、
お料理を作り続けているお店の方なので、むず痒く感じます。

ただ、いくら素晴らしい商品を作っていても、
お客にその存在が知られなくては購買にはつながりません。

ネットの情報網が整備されてきたとはいえ、
いや、むしろ我々の目に入ってくる情報量が多くなるほど、
せっかくの価値も埋もれたままになってしまうことがあります。

それらが時に芽吹かず枯れてしまうのは、なんとももったいない話で、
少なくとも私が知り得る範囲については、広報の一助になりたいと考えます。

もちろん、旨い!という評価軸が基本なのですが、
時にそうした応援要素も含まれることは読み手の皆さんもご存知でしょうね。

よく「お気に入りのお店は独占したい」
「混むから他には教えたくないんだ」という声も聞きます。
「なんで書いたんだ」と怒られることもありますね。

でも、場末のスナックじゃあるまいし、
自称常連の方々だけでお店の売上を支えられるわけでなし、
広く、まっとうに儲かってこそ、末永くお店を続けることができ、
結果として、我々も美味しい物にありつけるじゃないかと思うのです。

やはり、美味しいお料理はみんなに食べてほしいし、
良いお店は相応に繁盛してほしいなと思うのです。

ただ、ある程度、情報が出揃ってきたなと感じたら、
先方に変な脂染みがつかないよう、フェードアウトするようにもしています。

あれほど持ち上げてたのに最近は見ないなというお店はそういう理由。
応援しても、接近はしない距離が、たぶん、どちらにとっても良いのかなという経験則です。


私はもちろん美味しいものが大好きなのですが、
お店巡りの原動力が美味の探求や悦楽にあるかというと、
むしろ、未知を味わう好奇心の方が強いようです。

俗にコレクターとリピーターなどと分けられますが、
間違いない味の既知A店と、新規B店だと、
私のお店選びは後者に傾く傾向があります。

この性質は情報の空白を埋めていく役割としてとても有用でしたし、
ブロガーとして長く続いてる人は、コレクターが多いような気がしますね。

そうして訪れたお店は10年間で3千軒を越えますが、
市内の主要なお店ですら、未だ網羅しておらず、
ご近所エリアに絞ってもまだ回りきれないほどです。

聞くところによると、飲食業の開業率は高く、
なんと毎年4~5万軒くらいの新店が生まれているそうです。

おかげさまで、新鮮な気持ちを保ちながらお店巡りを続けられていますが、
一方で総店舗数はバブル以降減少の一途をたどっており、
生まれる以上に消えてゆくという、厳しい経営環境にあるみたい。

サイトを運営する中で、閉店情報のメンテもするようにしていますが、
記録して初めて、飲食の閉店数がものすごいことを実感しました。

一般に3年以内に5割、10年以内に9割が潰れるとも言われますが、
私がそれなりにセレクトしたお店ですら、3~4割は既に営業していません。

単においしいだけでは、商売が立ち行かないこのせつなさ。

ご近所の商圏を囲うことができた昭和の時代は、
素人から食堂を開くのも珍しくなかったようですが、
開業しながら、腕や商品を磨いて行くようなスタイルはもうダメで、
ラーメン等は、いきなりのA級トップギアが求められる修羅の世界です。

ネットで他エリアの食情報も豊富に得られる時代になり、
自らの生活圏を飛び越えた食事も珍しくなくなりました。

これはビジネスチャンスであるとともに、
新規の話題性を失って以降、お客を繋ぎとめる困難さにもつながります。

もちろん誰もが食ブロガーにのように移り気な訳でもありませんが、
潰れず営業が続いているお店はそれだけで超立派なのだと思っています。

飲食開業はとかくハードルが低いイメージがありますが、
あんまり気軽に考えない方がいいんだろうな。

しっかりした定食とどこぞのドリンクがほぼ同じ価格だったりするし、
真面目に仕事するほど報われないような部分もあるよな。


最近はネットなりSNSなりと親和して、
上手く広報しているお店も多いですが、
お客の口コミ投稿に目くじらを立てるお店も残っていますね。

マナーや他のお客の迷惑、
肖像権や施設管理権まで持ち出すこともありますが、
そういうのは問題の本質ではなく、結局のところ、
お店が恐れているのは外部の視線と向き合うことなのだと思います。

ちなみに我々ブロガーもお店と同様に
露出する対価として、悪意も受ける対象になります。

うちも某所にスレッドが立てられて、頭来ましたねぇ!

内容はどうでも勝手にやってくれていいんだけど、
苦労して作った本家よりも検索順位が上なのがとにかくムカつく!
また、悪口すらろくに盛り上がらないというマイナーの気恥ずかしさな!

たちが悪いのは匿名の中に、
リンクしてるようなブロガー達がシレっと混じってたとこで、
浮世の無情もしっかり勉強させてもらいました。

もちろん、生活のかかっているお店の方とは立場が違いますが、
拒絶や恐れの気持ちはなんとなく分るような気もします。


でも、お客の口コミ評というのはネット以前にもあったことで、
お店を開いている以上は外部から値踏みされることから逃げられませんね。

また、多くの人間が日常風景をネット発信するこの流れを、
いまさらせき止めることも、まぁ不可能です。

ここでいたずらに禁止や注意を放ってみても、
店内へトゲトゲした居心地の悪さを振りまくだけで、
さらなる悪評にもつながりかねませんよ。

たとえば、幼児禁止なんつーお店は、
自分が幼児連れてなくてもなんか嫌な感じじゃん。

店主は、自分のお店について、全てを知っていると思っているでしょうが、
実のところ、それは間違っています。

ジョハリの窓を当てはめてみると、お客の知らないお店の姿と同じく、
店主が知らないお客目線のお店の姿も存在するからです。

それらをひっくるめて、初めてそのお店の全体像が描かれるので、
外部の評もまたお店を形作る欠くべからざる要素なのだと考えます。

不当な評が可視化され、いつまでも残るという怖さに対しては
口コミを制限するよりも、むしろ奨励して対抗するべきです。
数の力でデマを押し流す方が健全だからです。

本来、何千何万分の一でしかない感想が、
ネットではそのお店を評す唯一の情報となってしまう例もあります。

個の意見が、個の意見以上の存在感を持ってしまうこの不均衡は
残念ながら、まだまだ続いてしまうと思いますが、
いずれ、あるべき形に落ち着くでしょう。

少なくとも、本当の価値でもって上書きできないデマは無いので
その辺はネット社会を信頼していいと思うのです。

発信の敷居もずいぶん低くなっていますので、
とりあえずは、自らの情報発信を心がけてほしいなと思います。

どうしても気になる飲食関係者は、
自分自身がネットを見ない対処をオススメします。
不特定多数の口を封じるよりも自らの目を塞いだ方が手っ取り早いので。
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