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「横浜学 ~横浜と自動車~」の感想

関東学院大学と横浜ウォーカーのコラボ講座「横浜学」

第22回目のテーマは”横浜と自動車”

ご当地ゆかりの日産を軸に明治、大正、昭和、平成と各時代の自動車産業の流れが伺える内容で、講師間の連携も取れていたし、なかなか良い講義でありました。

会場には日産OBや社員さんのサクラも多く居たようで、質疑応答では講師の代わりに壇上へ引っ張り出されることもあったりして。それはそれで面白かったですが、横浜ウォーカーのブランド力をもってしても、一般参加者で満員御礼とならないのはさみしいところだよね。

横浜学に今更参加するのもなぁというお気持ちもあるでしょうが、なんといってもタダだしさ!最近は特に良い講座が多いので、募集を見かけたら、ぜひ応募されるといいと思うよ。

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1人目の講師は関学経済学部の教授。自動車経営史が専門の方です。

お話は外資が支配した戦前の日本自動車産業について。

日本における自動車の事始めは明治時代。居留地で貿易を行う商館が、機械輸入の傍らに行ったもので、これは決して大きな取引ではなかった。横浜には米国ロコモビル社の代理店も置かれたが、売れたのは3年間で10台ほどブルウル兄弟商会の自動車販売代理店を立ち上げた松井民治郎は「自動車倶楽部」を設立して、運転する楽しみを伝えようと試みたが、そもそも乗れる車が少なすぎて多くの人を集めることはできなかった。

同時期に大阪で行われた内国勧業博覧会でも各種自動車の展示があり、商社への問い合わせも殺到したが、人力車業界の反発やタイヤ等のメンテナンスができない問題も残り、各地で起こった乗合バスの計画も含め、商売としては上手くいかなかった。

大正時代になると、国内の商社も徐々に自動車を扱うようになる。大倉組から日本自動車、三井物産から梁瀬自動車が派生し、約40社が輸入販売に関わった。

関東大震災により鉄道の軌道が大きく被災した関係で、復興のためにフォード車1000台の輸入が行われた。この際、フォード本社からも調査員が訪れ、日本市場の有望性を探った結果、1925年、日本フォードが設立。横浜を拠点に初めての自動車国内量産が始まった。その後、GMも大阪に拠点を設ける。

生産は本国から持ってきた部品を組み立てるノックダウン式。多い時で年17000台の生産。教師の月給が10円だった時代、一台1000円する高級品であった。

フォードは生産だけでなく、十分な商品在庫を持ち、修理工場も併設したフランチャイズディーラーの設置も行う。割賦販売や自動車に欠かせないアフターサービスも普及させ、今日の自動車販売の礎を築いた。

昭和になると国内企業による自動車生産も始まる。自動車製造から日産、豊田自動織機からトヨタ自動車が生まれ、3000cc~4000ccの大衆車をターゲットに生産を行った。
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2人目は法政の名誉教授。
やはり経営史の先生で、日産自動車の歴史についてのお話でした。

日産創業者の鮎川(あいかわ)義介は、明治13年、山口県の中級武士の子に生まれ、家は没落したが、大叔父の井上馨を頼り上京。

大学で工学を修めるも、一般の職工として芝浦製作所へ就職。その後、本場である米国のグルドカプラー社でやはり職工として働き、鋳物技術を得る。当時のエリートとしては異色の働き方であったが、井上宅での書生の経験から、政財界のお歴々に嫌気があったらしく、やがては自らの手で起業を見据えていたようだ。

米国から持ち帰った可鍛鋳鉄の技術をもとに1910年、北九州で戸畑鋳物(後の日立金属)を設立。先端技術を扱うものの、経営はなかなか上手く行かず、8期連続の赤字経営を行い、9期目にして第一次大戦の特需で持ち直すような具合であった。

その後、順調な経営が続き、義弟の設立した久原財閥が、大戦後の不景気で傾いた際、その再建を引き受け、日本産業(日産)に改組。株式公開など、当時としてはユニークな経営戦略で、コンツェルンを急成長させる。満州の開発も行い、やがて三井、三菱に次ぐ第三位の規模になるが、戦後はGHQに睨まれ、解体されることになる。

自動車に関しては、米国時代にデトロイトで見た自動車産業に着目して、車体製造を企図するも、銀行に反対され、まずは部品製造から始めることに。その後、ダット自動車等を自社のものとして、ダットの息子の意であるダットサンを販売し、大ヒットする。

軍部の反対もあって実現しなかったが、GMやフォードとの連携を模索したり、米グラハムペイジの買収等で、外部のどんどん技術を吸収して、日本で初めてのベルトコンベア生産を導入するなどした。

一族に受け継がれているトヨタに対し、日産は巨大コンツェルンの傘下企業。技術に関しても自主開発主義のトヨタと比べ、日産は外部技術導入主義といえる。かつては販売のトヨタ、技術の日産などと言われたが、企業の成り立ちや文化を反映しているとも言える。

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3人目は自動車産業史の研究家という肩書で元日産社員の方でした。

内容はとにもかくにも詰め込みすぎで、なんともお伝えしにくいのですが、自己紹介と日産の広告、思い出と自動車会社の経営についての諸々。

資料には会社や市場の発展により、企業課題もより高次のものへ移り変わっていくよってことと、第二次大戦以降、自動車産業が残した成果と課題についてまとまっています。

戦後、作るそばから売れた時代が終わり、曲がり角を迎えた際の901運動とか、EVや自動運転など、先端技術への投資額が10年で2割も増えている話とか、現在、販売総数の4割が新興国向きで、海外生産へのシフトがさらに進むだろうとか。世界中のサプライヤーや提携企業との連携がさらに求められるとか。

座談会では、日本では就業人口の1割が自動車に関わっているのに、まともな博物館もないし、色々もったいない。軽や軽トラのような独自文化はあるものの、一方で日本には自動車文化が根付かなかったのではないかという話にハッとしたな。

自動運転に関しては2020年くらいには一般道路でも実現できるようになるとのこと。追浜工場の部品在庫は4時間分しか持って無いという話もすげーよね。

「ドクター・ストレンジ」を観てきたよ

貧乏性の私は映画を観る前に金券屋に寄ることが多いのですが、いざ劇場についてみたら、割引日だったり、そもそも次回がレイトショーだったりで、無駄にしてしまうこともあります。

観たい作品は何も無いんだけど、鑑賞券期限が迫っている中で、どの映画を選ぶべきか。

とりあえず歯医者にはなっておくけど、歌もやりたいなと悩むGReeeeN達をドラマチックに描いた「キセキ-あの日のソビト」なのか。私も同様の軽さで悩みましたが、今回は手堅く選んでみました。

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不注意事故で両手が動かなくなった天才外科医が、救いを求めてカトマンズに詣でたら、あらビックリ、魔術師になっちゃったお話です。欧米の創作者は中央アジアに夢見すぎなんだよな!

マーベル映画の基本として、人生の転落からヒーローとして立ち上がり、スタンリーのカメオ出演を横目に、実力を蓄えつつ、キチガイ相手の初戦をかろうじて制した後、次の戦いに身構えるラストで、何の間違いようもありません。

でも、イマイチでしたね。

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見どころは2つあって、まずはなんといっても、主演のイタチ顔。お風呂の中でした屁のような響きで知られるベネディクト・カンバーバッチ氏の魅力です。大傑作の「SHERLOCK」で、私も大ファンになりましたが、今作では壮年の凛々しさみたいな表情も垣間見えて、新鮮でかっこよかったです。

主人公は有能で勤勉だけど高慢なキャラということで、アイアン社長と丸かぶります。ただ、愛嬌という部分で劣りますし、人物描写が中途半端で、いまいち腰が座りません。役者の存在感でもって、なんとか支えてる感じです。

もう1つのポイントはめくるめく魔法シーンであるわけですが、最大のスペクタクルシーンに浮かぶのが驚きよりも、某インセプションでみたなぁという感慨だもんなぁ。そもそも世界をグルグルさせて、相手の足場が悪くなるだけって、どうなのよって思うの!多次元世界や強大なボスもLSDちっくで、洋楽ジャケばりにダサいしな。特に独創性が求められる作品でもないはずなんだけど、とにかくセンスを感じません。

お話もなぁ、単純な割にうまく整理誘導されてない感じで、順を追って積み重なっていきません。お師さんの呪縛や背景みたいなもんがよく分からんし、自己中のドクターがヒーローとして自覚を得ていく部分もはっきりしないです。一見、トンチをきかせた風なボスとの決着もアホらしくて呆れるし。敵役のレクター博士もそりゃ無念だろうな。

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エンドロールの中間にアベンジャーズ的なからみの予告と、最後に続編の予感を匂わせますが、次の相手がどうでもいいようなサブキャラなので、まったく盛り上がりませんね。

やはり「キセキ-あの日のソビト」を観るべきだったのかも。

そしてGReeeeNと東映に大声で叫びたい。「知るか!!!」と。