恰幅の良い彼のblog
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PC壊れた!! →諦めて、新しくしたよ

つか、何の前触れもなく電源が落ちたと思ったら、そのまま0xc000021aエラーが出て、もうどうにもならん状態です。

データだけでも何とかして取り出さないと、サイトがやばい状況だぜ。


結局、スタートアップ修復も復元も以前のビルドも、ユーザーファイル残しのクリーンインストールも全て受け付けない状態。あんまりやりすぎると中のデータが心配なので、諦めて新しいPCを買うことにしました・・・

今度は融通の聞かないノートではなく、据え置き型のミニタワーにして、メンテの利便性や拡張性を確保。ただ、機種をゆっくり検討する時間もなかったので、この際、連休のホビーとして、自作で組んでみることにしました。

自作も昔はハードルが高かったのですが、今は必要な情報はたいていネットに書いてあるし、パーツ選びもアマゾンのおすすめを集めるだけで、十分に品質や値段が担保されるから、お手軽です。

組み立ては部品やプラグをはめるだけなので、かんたん。もっとも、やっちまえでWindows10のアップグレードをして、大事なデータをあらかた消した前科のあるズボラ人なため、ヒヤリハットも幾つかありましたね。

例えば、SSDとHDDを同時接続したまま、Windowsのインストールをすると、インストール先を指定していても、指定外のドライブになぜか回復パーティションができたりして、直せなくなるということを覚えておいてほしい!!これをテキトーに復旧して、さらに複雑化させたため、丸一日かかってしまったよ!

まずはSSDにOSをインスコして、動作確認してから、HDDを繋ぐことが大事です。あと、SATAポートは番号の若い順にSSD、HDD、光学ドライブにすることも。

この後、旧ノートPCからHDDを引きずり出し、新PCの増設スロットに繋いでデータを回しました。この時、アクセス権限がうんちゃらといわれ、ユーザーフォルダにアクセスできなかったのですが、共有設定をいじったら、中に入れてくれたので、よかったわ。

とりあえず、SSD早ぇ!ぜんぜん違うよ!
古いノートでも換装すればスカッと生き返るんじゃないかな。

その他スペックも、将来のネトゲデビューを見越し、ちょい余裕をみて組んでみたんだ。でも、現状、何に使っているかというと、もっぱらネットやhuluを観るだけなので、底力の違いをさっぱり感じねぇな!!持ち腐れだな!!

あと、バックアップは超大事。
サボってるときに限って不具合が起こるのは恰幅の法則として登録したいよ!パスワードなんかは、chromeとグーグルに助けられたし、WordPressにUPしてない素材写真も、どっかクラウドでバックアップしとくかな?

つか、記事を何ヶ月も貯めず、すぐ書けばいいんだよな!!

さぁ、ラブライブ観るよ!!!

「横浜学 ~横浜と学校~」の感想

関東学院大学と横浜ウォーカーのコラボ講座「横浜学」

第19回目のテーマは”学校”です。

あれ?

第18回「横浜と芸術」のレポがないけど、どうしたのかな??
まさか日付を間違えて、まんまと寝坊しちゃったのかな???

そんな時は、こちらへどうぞ
横浜学に興味があったけど、聴きにいけなかった方にも朗報です。
なんと関学様が全講演のアーカイブを配信してくれてたのですね!

晴れて皆勤も途切れたことだし、これでかったるい日はサボれるぜ!

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一人目の講師は立教大学の教授。
横浜市史の教育分野を編纂をした縁で呼ばれたみたい。

お話は戦前の横浜の教育史について。

地域の教育史は土地の歴史、学校の歴史、人物の歴史が相まって形作られる。

戦前日本の教育体系は進路によって進む学校が別れる複線型で、即就職、高等小学校から就職、旧制中学から高校や大学へ進むエリートと、尋常小学校を卒業した12歳の時点で、その後の人生が決まった。

各種学校の配置も、一律でなく地域特性に合わせて行われた。

貿易港であった横浜では、1882年に横浜貿易商組合横浜商法学校として設立されたY高の存在が、なんといっても大きい。

一方で、旧制中学の設置は遅れ、神奈川県尋常中学校→第一横浜中(希望が丘)が1897年、第二横浜中(翠嵐)が1914年、横浜三中(緑丘)が1923年と続く。これは県議会が予算がつけなかったためらしく、結局、帝大も旧制高校は置かれなかった。横浜では商業や工業のような実業教育を行い、高等教育は東京に行けよという施策だった。

高等女学校の設置は男子よりさらに遅れ1901年に県立第一高等女学校(平沼)。
横浜ではすでにミッションスクールが台頭しており、男子向けであった戦前教育の中で、英語を中心とした女子教育を先行していた影響も大きい。

また1926年にはY高の女子版として程谷町立実科高等女学校が設立。ここでは進学、家事、商業の3つの進路を見据えて、5年間学んだ。

教育者としては、誠の精神、心身の育成をモットーとしたY校初代校長の美澤進。試験、採点、賞罰の三無主義を掲げた横浜高等工業学校初代校長の鈴木達治。「信頼される人となれ」とジェントルマンを育てた横浜高等商業学校初代校長の田尻常雄などが挙げられる。

その後、横浜では教育熱が高まり、県立工業高校の入試倍率が5倍、Y高が2倍等と試験地獄を巻き起こすことに。沈静化のため、補習などの準備教育も禁止された。

講師はデキる感じの方で、お話もアカデミックに整理されていて面白かった。ただ、あの短時間では情報量が多く、ちょい盛り込みすぎたかな。

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2人目は関学女子短大の元学長、捜真の元理事長で、お話はミッションスクールの歴史。

横浜にはミッションスクールく、フェリス、英和、共立、雙葉等、プロテスタント系が8つ、カトリックが4つあった。他の都市では他所へ変遷する学校もあるが、横浜では今も創立の地に残る学校が多い。

フェリスはヘボン婦人が自邸で教えたヘボン塾が源流。
ヘボンと行動をともにした宣教師ブラウンの導きにより、その後、来日したアメリカ人宣教師メアリー・キダーが、塾から女子3人、男子5人を引き継いで設立した。

またブラウンの妻シャーロッテは、後に捜真となる英和女学校を開設。

各学校は異なる教派によって、布教の意味も含んで設立されている。
ただ、西洋一辺倒ではなく、教養ある日本女性を育てる観点で教育された。

重視されたのは、英語、数学、音楽、洋裁。
ただ主人に従うだけでなく、神のもとに自立して、他者に支える精神。

その他、各スクール創立者の紹介や住所、当時の写真などをサラリとなぞった程度で、あんまり踏み込んだお話は無かったかな。


3人目は横浜市教育委員会の方。お話は市立高校の取り組みについて。

現在、横浜には市立の小学校341校、中学が146校、高校が9校、一貫教育校1校、特別支援校が12校あり、生徒271600人、教員16000人が在籍している。

市立学校の強みは、近隣に多く存在する大学などとの連携や市内のネットワークを活用できる点で、港町らしく国際的な人材交流も盛ん。

市立高校では、目下次世代を担うグローバル人材を育成すべく、ヨコハマグローバルラーニングという共通プログラムを行っている。

ディベートやプレゼン大会などを通して、自国文化の理解、異文化への理解、グローバルな視野、自ら課題を探求する力、論理的な思考と表現力、語学力を学ぶもの。

また各学年20人ずつを選抜して、土曜や夏期に海外進学を見据えた支援を行うATOPという仕組みもある。

その後、パンフを読みながら各市立高校の紹介を受けたのだけど、これが思ってた以上に興味深い内容だったのよ。各校、ちゃんとキャラが立っていて、コースや教育内容についてもバラエティ豊か。お子さんのいる方はよく調べてみるといいんじゃないかな。

私が中学受験した時の基準は偏差値しか無かったのだけど、特性や進路、教育内容などを吟味して、自分にあった学校を選ぶことが出来そうで、うやましいな。

というか、人生、もう一度やり直したいよ!