恰幅の良い彼のblog

長年のご愛読ありがとうございました

管理サイトの統合に伴い、FC2ブログ「恰幅の良い彼blog」は更新を停止いたしました。

2005年のブログ開設から長らくのご愛顧を本当にありがとうございました。

今後はWordPress版「恰幅の良い彼の横浜B級グルメ」でお会いしましょうね!

ちなみに管理人は過去記事がすげー恥ずかしいから、絶対読み返さないよ!

ハイローはガチなので、今からでも観るべし!

EXILEが大嫌いという人がいますよね。

私です。

文系運動音痴として日陰を歩いてきた身には、あのヤンキー文化は馴染まない。
 六本木臭ぇ男達が徒党を組んで踊る様、とにかく先輩が偉いんだという上下関係、高すぎるオリジナルジャージ・・・ 

ステージはまぁともかく、調子に乗って演技方面に進出してくるのはマヂ勘弁と思っていたのです。 

しかし、huluがしつこく推してくるもんだから、彼らの総合エンタメプロジェクトである「HiGH&LOW」を試しに観てみたわけですよ。

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これがすごかった!! 

嘘でしょと思うくらいの大人数を投入したアクションシーンが超豪華!! 
30分の深夜ドラマなのに、映画何本分か!と思うほどのスペクタクルが用意されているのです。

単に規模がでかいというだけでなく、各チームごとにアクションにきっちり性格をつけ、アイデアと工夫が盛り込まれた映像になっているので、アクションファンはまず必見なのよ。 

つか、現時点で日本のアクション現場の最高峰はこのハイローで間違いないんじゃなかろうか。 

ストーリーは、かつて伝説のチームが仕切っていたシマが5つに分裂して、背後で暗躍するヤクザとともに、抗争を繰り広げる内容。

ケンカとバイク、ダチとスケ。まさに群馬あたりの旧車会に響きそうなテイストなんだけど、ゆるい設定と、やたら増えてくるキャラクターをそれぞれ活かしながら、なかなか上手いこと取りまとめているなと思うのです。

 配役に関してはEXILE TRIBE内の上下関係がかっちり反映されており、正直、力不足が否めないキャラがゴリ押されてもいるのです。具体的には主役のコブラとか、琥珀さんとか、琥珀さんとか。

でも、各チームの頭には注目の若手俳優、ヤクザにはベテランの実力派を招聘。また脇を固める劇団EXILE系の役者がなかなかに達者なので、容易に崩れません。

「HiGH&LOW」は思いの外、ガチだったのです。

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とにかくドラマのシーズン1から観てほしい!

続くドラマのシーズン2は、重要なエピソードもあるのだけど、映画1のついでに撮影した関係で、回想や使い回しがやたら多い雑な作りでした。ここまで観て、とうとう息切れかと思ったわ。

今夏にhuluで、ドラマから繋がる映画の1を鑑賞。
これは近年の邦画の枠には収まらない豪華な作りでしたね。
あまりに盛りだくさんすぎて、上手いこと構成編集できず、アクションシーンを中心にやや冗長になってしまったこと。闇落ちしたカリスマを演じるAKIRA氏が大根を通り過ぎてもはや芋、ミスターポテトヘッドにしか見えないことが不満でしたが、大いに堪能させていただきました。 

続く映画1.5は「ゼロレンジコンバット」という単語だけかな。
雨宮兄弟の戦闘シーンやバイクのチェイスなど、見どころもありますが、数押しの集団戦が無くなった分、通常の映画の枠で演技やストーリーを問われてしまう気がします。
また、日テレが視聴層を馬鹿にしまくったナレーションをつけて、更に価値が落ちましたな。

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そして、先ごろ公開された「HiGH&LOW THE MOVIE 2 END OF SKY

これは最高でしたよ!!

EXILEのくせに!前二作に感じた不満をきっちり修正してるの!
AKIRAがしゃしゃらない分、むしろかっこよくも見えるところが恐ろしい!

スケジュールの関係なのか、スモーキーさんが全然出てこないのが、唯一残念なところですが。この上、新たなる勢力やキャラクターがバンバンぶち込まれ、話が破綻せず、それぞれをちゃんと活かしきれているのが、本当にすごいです。映画の中で退屈する時間もありません。

アクションもさらに気合が入っていましたね。
確かにいつか観たようなリスペクトシーンも多いのですが、むしろ邦画のガチなアクションにおいて、ここまでコピーできたことが立派だし、あの規模の集団を動かした絵面は他では決して観ることは出来ないでしょう。

これは必見の映画としてオススメできます。
EXILEだからという理由で観ないのはもったいないですよ!

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前に「ヤベェ」「すげぇ」「テンション上げて」などと具体的な話が何一つ出てこないLDHの企画会議を馬鹿にした記事を読みましたが、案外それでよかったのかもしれん。

ろくでもないマーケティングやプロモーションを積み上げ、作る前から窮屈な枠組が決まってしまっている従来のものづくりではこうはいかなかったと思います。

目指す方向性と大枠を示し、細部に口を挟まないというリーダーシップの基本を、HIROさんは肌で会得してるのかもなと感じます。

もっとも、海外投資とか、飲食、不動産だったらご多分に漏れず、身ぐるみ剥がされていたのかも。

無知、無見識ゆえの丸投げと豊富な資金が、現場のやる気と上手いこと噛み合った奇跡。
アクション映画という斜陽ジャンルで、大阪城に集う浪人衆みたいな人々に託されたから、こういう風に後に残るものが生まれたんだよな。

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またも轢かれる九十九さんが好き!

タバコ吸いながらスルーかと思いきや、追っかけフロントガラス突き破りのシーンは最高だよね!

「横浜学 ~横浜とみどり~」の感想

関東学院大学と横浜ウォーカーのコラボ講座「横浜学」

第24回目のテーマは”横浜とみどり”

「全国都市緑化よこはまフェア」の開催に合わせた話題だと思います。
最近の横浜学は歴史だけでなく、横浜の現在や未来を窺える話題も増えてきており、興味深いですよね。

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一人目の講師は関学経済学部の教授。
自らも制定に関わった横浜みどり税についてのお話です。

1970年代の横浜は緑被率が50%あり、港と緑の調和する都市であった。しかし、開発が進むにつれ、80年代には40%、そして2009年には30%まで緑の割合が減ってしまっている状況。

これになんとか歯止めをかけたいということで「横浜みどりアップ計画」が策定される。その税源として導入されたのが横浜みどり税。

年間約25億円の費用について、企業から市民税に+9%、市民は+900円の徴収で賄う形。5カ年の期間限定で計画された税だったが、さらに延長し、現在はその第2期目に当たる。効果が評価されているので、やがては一般税化していかねばならないだろう。

第1期の成果として、地主が維持できなくなった山林の買い取りが64.5ha、地主所有のまま、保全林の指定を行った分が500ha。その他、農地の保全や公演等の緑化に使用された。

保全林に関しては、維持管理のため、市からお金や人のサポートが受けられる仕組みで、まずはこれに登録してもらうことで、地域ぐるみのサポートやいざという時の取得に繋がっていくため、非常に重要。

施策は新たに緑を増やすというより、今ある緑をいかに残していくかということに重点が置かれており、風景は大きく変わらないため、目に見える効果としては認識しづらいかもしれない。

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2人目に講師は里山NPOの方。
お話は里山の保全活動についてです。

横浜には原生林は殆ど残っておらず、現在残っている林は人の手が入ったもの。

里山はもともと人家の裏山というような意味で、かつては近隣に暮らす人々に管理され、人と自然が共生する循環型の生活の場であった。横浜では特に谷戸の風景が多い。

しかし、生活様式の変化、たとえば薪を拾うような生活でなくなっているため、現代では里山との関係が希薄になり、減少の背景ともなっている。

メダカが絶滅危惧種になるように、かつては身近な存在だった生物や風景が姿を消しつつある状況。

目下、里山保全には多くのボランティアが参加して、地域のつながりにもなっている。ただ、逆に人の手が入りすぎて、露地化してしまう懸念や、活動者の高齢化の問題を抱えている。若い世代は自然の中で暮らした原体験が無いため、なかなか後に繋がっていかない。

横浜市の緑は人口1人につき4畳半程度で、空気や資源、農作物に関しても自給には至らない。身の回りの風景だけではなく、他の地域から助けてもらって、暮らしている意識も忘れてはいけないだろう。

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3人目は横浜市のみどりアップ推進部長。
「横浜みどりアップ計画」と「全国都市緑化よこはまフェア」のお話です。

横浜はモザイク状の樹林地が特徴で、身近なところに緑を感じられる街。

市街化調整区域は市全域の25%。
市西部にある河川源流域や農地等、緑の10大拠点といわれる緑地が存在する。

みどりアップ計画では、①緑の減少に歯止めをかけ、総量を増やす ②緑の質を高める ③市民と緑の関わりを増やす という目標を立て、森林や農地の保全、街路樹等の整備や各種PRの事業を行っている。財源はみどり税だけでなく、国税、市税、一般会計からも当てられている。

今回横浜での開催が33回目となる都市緑化横浜フェアではサクラ、バラ、チューリップがテーマフラワーになっている。

臨海部のみなとガーデン、郊外の里山ガーデンの2会場に約100万本の草花を展開。来場者からも高い好評を得ている。


座談会では、横浜の都市機能を考えるとさらなる市街化、緑被率の低下に歯止めをかけるのは難かしいため、残る緑の質をいかに高めていくかが重要になってくること。

緑化に関しても、外来のキレイな草花と土着の動植物を比べると、前者は対外アピールも強いが、後者はどうしても地味。今後横浜の緑のあり方について、どういう方向性を示すべきかということ。

また、質疑では、従来の里山を保全するのではなく、より維持の容易な原生林にしていく方が良いのではないかという問いについて、どの時代の林に戻すべきなのか、鬱蒼と荒れた環境に周囲の人々は耐えられるか、またかつての原風景や里山生活の文化を途切れさせて良いのだろうかという回答がありました。

「イップ・マン 継承」を観たよ

Huluのオンライン試写で、楽しみにしていたド兄映画を観ましたよ!
ネットの試写会って初めてだな!

操作は通常の動画鑑賞とほぼ一緒。
当選者にメールで動画アドレスが送られてきて、指定された4時間の中で試写をスタートする必要があります。なお、期限を過ぎて以降は、視聴中断すると戻れなくなるみたいよ。

ちょうど、夕飯時だったし!
せめて半日くらいは時間に猶予があっても良かったかな。でも、画面の半分で艦これやりながら、気になったことは検索しながら、楽な体勢でダラダラ観られるし、そのままの流れで関連作も観られるしで、なかなか快適な試写でした。

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映画は詠春拳の達人イップ・マンを主人公にしたシリーズ3作目。奥さんとかデブ刑事とか、前作から継続出演しているキャラもいます。

実在の人物といっても物語は基本的に創作で、ほんとは奥さん連れてきてないじゃん的な史実との相違だったり、故郷にいられない原因は共産党じゃんか!的なツッコミどころもありますよね。

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今作は、香港で武館を開き、家族とともに平和に暮らすド兄に、小学校の地上げを目論むヤクザが襲いかかる!そして、ギラついた若手の台頭!奥さんも大変!という流れ。

オープンニングの枯れ味漂わす木人稽古シーンよ!そっから、武館を訪れる生意気な青年、怪鳥音を放ち、妙にしゃくれた謎の青年!を軽々いなし、悪くはないね的な笑みを浮かべる冒頭だけで、もうお腹いっぱいなのであります。某ブルースには遠慮なく乗っかっていく定番を回収です。

アクションはやはり最高で、チンピラたちを次々伸していく様、人質救出の大立ち回り、奥さんを守りながらのEV内バトル、タイソンとの死闘、そして、という感じで、それぞれ、アイデアと工夫が詰まっています。ド兄もシリーズで最も師父的な円熟ぶりを魅せ、3作でちゃんと変化がついてます。

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1はどうしちゃったのってくらい唐突に日本鬼子憎し!な話になりますし、2は西欧のクソ野郎を叩きのめす!な展開で、いずれも中国人としての意地みたいなものが根底に描かれます。

3は層の手の短絡的な話でなく、もうちょっと内省的になっているのかな。テーマは家族で、映画としてもしっとりと丁寧に描かれている印象です。アクション以外のド兄の演技も地に足がついてたな。奥さんとのラブラブダンスシーンとかも見どころ。

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タイソンがラスボスかと思ってたら違ったの!

ちなみに前作のボスも白人ボクサーでしたが、やっぱ存在感が違うな。
ステップは若干重げですが、それでも、元ヘビー級世界チャンプの迫力や怖さみたいなのは遺憾なく発揮されておりました。詠春拳のパパパパパンチが全く効いてる感じしないもんね!

まぁ、アクション指導でもあるサモハンが、ロッキー3で言うところのアポロ的な位置でおいしいとこをごっそり持っていく2も大好きですけどね!

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若手枠だと1、2のルイス・ファンも骨太でかっこよかったですが、今回のマックス・チャンもすっごく良かったですね。

考えてみれば、ド兄も53歳だし、以降の香港武術スターは誰なんだと言われると、心もとなくもあります。レジェンドクラスだと、単なる演者にとどまらず、自分でアクションを組み立てて切り開いていかねばならないとこが特殊事情です。若い世代に上手くつながってほしいなと思います。

カンフー映画も、京劇スタント時代、その後のワイヤーピュンピュン時代とは違い、地に足の着いた感じになってきていますな。昔のジャッキー映画で観る師父はすぐキレるし、尊大頑迷だったり、アル中だったりで、やたら器が小さいよね。中国の師弟関係は大丈夫なのかと、心配しちゃうのですが、今回のド兄師父は懐も深く、やる時はやる感じでかっこよかったわ。

最後に、題名に”継承”ってついてるけど、何が継承なのかさっぱり分かんなかったわ!売れたし、もう1作いけるよってことかな!

「横浜学 ~横浜とアメリカ~」の感想

関東学院大学と横浜ウォーカーのコラボ講座「横浜学」

第23回目のテーマは”横浜とアメリカ”

なんか、Tボーンステーキのように壮大なテーマだなと思っていたのですが、実際は本牧界隈のお話で、チョリソーくらいのサイズでしたね。

ジャズファンなのか?今回の会場はすごく盛況でしたよ。

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一人目の講師は関学の欧米文化論と音楽評論の先生。
お話は1960年代の音楽とゴールデンカップスについてです。

大衆音楽の歴史は20世紀初頭にアメリカから始まる。
エジソンの発明したレコードの普及をきっかけに、レコード会社が設立され、ラジオ等の放送を介して大衆に伝播していくような、今日の音楽産業のプロトタイプが形成された。なお、日本におけるレコードの歴史は昭和3年から。

かつての横浜には”フェンス越しのアメリカ”と呼ばれた進駐軍の施設があり、軍全体の1/4にあたる大人数が駐留していた。彼らが夜の街を通して本場の音楽を直に伝えた。

美空ひばりや江利チエミなどは米軍向けラジオを通じて洋楽に触れ、PXは最新レコードや雑誌の調達場所になっていた。また、逗子や鎌倉はオフリミット地区として、米軍の保養所となり、後にサーフィンなどの文化を残した。

音楽の背景として横浜はビートルズを産んだリバプールと同じ港町であったことが挙げられる。かつての奴隷貿易と同様に、進駐軍を通して黒人文化に触れた街であったことが土壌となっている。

グループサウンズの源流もアメリカといえる。
まず進駐軍がもたらしたジャズが流行り、カバーポップスやエレキを経て、GSにつながっていく。GSはロックのリズム、歌謡曲のメロディ、そして来日したビートルズに影響されたアイドル性を擁するものだった。

本牧のバーから生まれたゴールデンカップスはGSのグループであったが、ライブなどでは「長い髪の少女」のような商業的なヒット曲を歌わず、本場の最先端のロックやR&Bを演奏した。「長い髪の少女」のB面「ジズ・バッド・ガール」などを聞けば分かるが、バンドの本質はそっちにあった。

先生曰く、歳を重ねると、当時馬鹿にしていたGSがすごく染みてくる。様々な音楽経験を経て、やっと分かるものがあるとのこと。それは絶対ノスタルジーだと思います!老人が童謡に回帰する感じの!

また、途中で当時を振り返るドキュメンタリーの一部を観たのですが、ちょうどベトナム戦時下だったこともあって、本牧界隈のナイトシーンは我々が想像するよりもずっとビリビリしたもんだったようですよ。”怖い”とか”荒々しい”とか”異様”というような単語が出ていたもんな。また、60年代の横浜は東京よりも遥かにオシャレで、流行の最先端として強烈なイメージを残したのだそうな。

つっても、今は不良ジジィくらいしか残ってないけどね!

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二人目の講師は東京音大の教授。
プログレロックのキーボードプレイヤーでもあるようです。
お話は日本のジャズシーンについて。

大正時代、米国と日本を行き来する多くの客船に専属の楽団が置かれ、彼らが現地の音楽を持って帰った。これがジャズの黎明。

当時のジャズはアドリブなしのダンスミュージック的なものであった。大正10年には花月園ダンスホールで座付きのハタノ・オーケストラによる演奏が始まる。本牧や山手あたりには”チョップハウス”が語源とされる”チャブ屋”が点在。表向きはダンスホールとして、実体は娼館として営業していた。

大正14年には伊勢佐木町の喜楽座(日活のあった場所)にて、米国巡業を成功させた奇術師の松旭斎天勝が現地のジャズ奏者を引き連れ凱旋公演。音楽と演芸、寸劇を組み合わせたこの公演スタイルは、後のボーイズ芸やコミックバンドの源流となったのではないか。

昭和になるとスイングジャズが流行して、昭和8年の「ちぐさ」などのジャズ喫茶がオープン。

戦中は敵性音楽とされ鳴りを潜めたジャズであったが、戦後はOCやEMなど米軍施設の娯楽として、日本の軍楽隊のOB等が派遣され演奏した。また、本国から兵士慰問用に送られたVディスクを通じて、日本の奏者やファンにも流行が伝わっていく。クランベ―ク(焼はまぐり→横浜)やCB9等、日本人の本格ジャズバンドも生まれ、黒人クラブなどの厳しい聴衆を相手に人気を博した。

朝鮮戦争を経て、主に米兵向けだったジャズは、日本人向けにもシフトしていく。その後、ロカビリー、ポップス、カントリーなどの流行を経て、GSにつながっていく。

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三人目の講師はDJのロバート・ハリスさん。
若い頃、界隈でやんちゃしたお話でした。

日英ハーフで12歳から21歳まで横浜で暮らす。
通っていたセント・ジョセフは宗教色の強い変な学校だった。

様々な国籍の生徒が学ぶインターナショナルスクールを基本として、遊び歩いていた当時の伊勢佐木町などに溢れる日本の大衆文化が交じるカオス、ちゃんぽんの環境のおかげで、その後の世界放浪を何の違和感もなく過ごせた。

当時、中華街はお店の半分はGI相手のバーで、今とは様相が違っていた。

その他、いろいろ個人的な逸話があったんだけど、書き起こしづらいかな。詳しくは自伝を読んでねって感じ。先段の本牧ドキュメンタリーに出てくるような遊び人はだいたいリア友ですってノリで、おそらく、世代を共有する人にはたまらん昔話だったのではないかな。

なお、次回は「横浜とみどり」だそうです。